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	<title>救急医の頭ん中 | 救急医の頭ん中。</title>
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	<lastBuildDate>Sat, 17 Oct 2026 15:14:25 +0000</lastBuildDate>
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		<title>「とりあえずCT」は誰の不安を鎮めているのか、考えてみる。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Dr. まにまに]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 14 Oct 2026 19:44:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[救急医の頭ん中]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 「とりあえず」の一言に詰まっているものコロナが下げたCTの閾値CTは何を減らし、何を増やすのかなぜ僕らは撮りたくなるのか「誰かが撮ってくれている」という安心 「とりあえず」の一言に詰まっているもの 深夜2時の救急外 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[

  <div id="toc" class="toc tnt-none toc-center tnt-none border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ul class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">「とりあえず」の一言に詰まっているもの</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">コロナが下げたCTの閾値</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">CTは何を減らし、何を増やすのか</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">なぜ僕らは撮りたくなるのか</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">「誰かが撮ってくれている」という安心</a></li></ul>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">「とりあえず」の一言に詰まっているもの</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">深夜2時の救急外来。40代男性、腹痛。バイタルは安定していて、お腹は柔らかい。研修医が言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「採血は生化、CBCで~。あと・・・とりあえずCTは撮ってからホールディングで結果待ちで。」<br><br>僕はとりわけ、この「とりあえず」が嫌いである。<br>たしかに正直な言葉だと思う。見逃したら怖いし、帰したあとに何か起きたらと思うと不安になる。医師なら誰もが抱えるこの不安が、この5文字にぎゅっ~と圧縮されている気がする。<br>なぜ僕がこの「とりあえず」を毛嫌いするのか。。。<br>たぶん、この「とりあえず」は僕の中にも存在し、論理的まにまにとは裏腹に歓迎しているからなのだろう。<br>この記事では「とりあえずCT」をほどいて、中身を一つずつ机の上に並べてみたい。<br>コロナ禍で加速した「とりあえず」。CTは何を減らし、何を増やすのか。なぜ僕らは撮りたくなるのか。そして、コンサルトする側とされる側のあいだで起きている、少し居心地の悪い力学について。</p>



<p class="wp-block-paragraph">結論を先に言っておく。CTは悪くない。悪いのは、問いを持たずに撮ることだと思う。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">コロナが下げたCTの閾値</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">日本は「撮れてしまう国」。<br>人口100万人あたりのCT台数は115台を超え、OECDの統計で断トツの1位である（<a rel="noopener" href="https://www.oecd.org/en/publications/health-at-a-glance-asia-pacific-2024_51fed7e9-en/full-report/medical-technologies_39f58008.html" target="_blank">OECD Health at a Glance: Asia/Pacific 2024</a>）。事実、ERで撮りたいと思えば、たいてい数分後には撮れている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そこにコロナが来たもんだから困ったもの。<br>僕もたくさん経験した。<br>呼吸音も特記ないし、レントゲンで何もない。でもCTを撮ると映るあの嫌な「影」。<br>僕らの最優先事項はコロナを不用意に病棟に入れないことだった。発熱があれば胸部CT。入院前には全員スクリーニングCT。多くの病院でそれが「標準」になった時期があったと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">コロナの診療には、少なくとも4つの問いがあった。<br><strong>➀感染しているか。②肺炎があるか。③重症か。④合併症があるか。</strong> <br>CTが得意なのは後ろの3つ。<br>CTは肺の「影」を見る検査であって、ウイルスを見る検査ではない。ところが入院前スクリーニングでCTに求めたのは、1つ目の「感染しているか」。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="marker-under-red">感染していても、影が出ない人が多い。</span> ダイヤモンド・プリンセス号でPCR陽性が確定した104人を調べた研究でも、無症状患者の76人のうちCTに影があったのは41人（54%）。残る46%は、感染しているのにCTが正常; <a href="https://doi.org/10.1148/ryct.2020204002">https://doi.org/10.1148/ryct.2020204002</a>。<br>感染が確定した集団ですらこうなのだから、CTでスクリーニングは出来ないはずである。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><span class="marker-under-red">有病率が低いと、偽陽性がめちゃ増える。</span> CTで見える「コロナらしい影」は、他のウイルス性肺炎や間質性肺炎とも似うる。感染者がほとんどいない集団で撮れば、当たり前だけど見つかる影の大半はコロナ以外のもの。2020年4月から2021年3月までの1年間、国内のある病院で、入院前の無症状患者10823人全員にPCRと胸部CT検査をしたというやつ（<a rel="noopener" href="https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35581125/" target="_blank">PMID: <strong>35581125</strong></a>）。</p>



<p class="wp-block-paragraph">無症状の10823人のうちPCRで感染とされたのは 20人(0.18％)。っで、20人のうちCTで肺炎があったのは8人。逆にPCR陰性で感染なしと判断されたのにCTで肺炎を疑われたのは185。無症状でだ。<br>言い方を変えると、CTが「コロナ肺炎かもしれない」と判定したのは193人(8＋185)。<br>そのうち本当に感染していたのは8人、わずか4%だった。しかも偽陽性の185人のうち56人は入院や治療が延期され、その延期は中央値で28日となったというから困った。こういうことを僕らは普通にやっていたのだ。もちろん、当初のCOVID-19は、実際の性質も心理的なプレッシャーも、今のソレとは全く違うのだけれども。<br>他にも、n数や有病率が違うので一律には扱えないのだけど、慶應義塾大学病院の術前患者やがん研有明病院の報告でも同じような示唆だった。<a href="https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33172767/">PMID: 33172767</a>・<a rel="noopener" href="https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7833718" target="_blank">PMC7833718</a></p>



<p class="wp-block-paragraph">米国放射線学会は2020年3月、CTをCOVID-19のスクリーニングや第一選択の診断に使うべきではないと提言（<a rel="noopener" href="https://www.acr.org/Advocacy/Position-Statements/Recommendations-for-Chest-Radiography-and-CT-for-Suspected-COVID19-Infection" target="_blank">ACR</a>）。翌4月のフライシュナー協会の声明も、無症状者や重症化リスクのない軽症者に画像検査は不要とし、中等症以上や呼吸状態の悪化時に画像を勧めている（<a rel="noopener" href="https://escholarship.org/content/qt893220f2/qt893220f2.pdf" target="_blank">Rubin, Chest 2020</a>）。日本医学放射線学会などの合同指針も、原則としてスクリーニングCTは推奨できず、肺炎を疑うならまず胸部X線で評価するとした。被ばくと、CT室そのものが感染の場になるリスクもあるからだ（<a rel="noopener" href="https://www.radiology.jp/content/files/guideline_20200423.pdf" target="_blank">胸部CT検査の指針 Ver.1.0</a>）。<br>そんなことはお構いなしの、裏腹。発熱患者のCTは標準化し、中堅以上の医師も僕を含めて、CT依存症に陥り、自分が依存症だと認知できるはずもない「CT依存ネイティブ」も毎年、医者の数だけ生まれた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、公平のためというか、言い訳として書いておくと流行初期は、病気の自然経過がわからず、PCRの検査枠も限られ、結果が出るまでの時間も長かった。院内クラスターへの恐怖は本物だったし、その時点の情報と制約のもとでCTに頼った判断を、そこにいた身としては責められない。<br>この問題の最もおそろしい後遺症は「知識も検査体制も変わったあとまで、同じ運用が続いた」こと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">僕はその後遺症に悩まされているし、前述の通り、嫌っている。今回調べて、残念ながらそういう人がたくさんいるのは、気のせいじゃないみたいである。<br>(スイスの大学病院のER。胸部CTの件数がパンデミック中に対照期間の約2.2倍、収束後も約1.7倍のまま高止まり<a rel="noopener" href="https://link.springer.com/doi/10.1186/s12880-024-01457-4" target="_blank">BMC Medical Imaging 2024</a>。)<br>日本のERでも、発熱なら胸部CT、どうせとるなら入院前は体幹CT。コロナ前にはなかった「念のため」が、いつのまにか標準の顔をしていないだろうか。もはやこんな話でさえも今の研修医には昔話に聞こえるんだろうな。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">CTは何を減らし、何を増やすのか</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">CTが<span class="marker-under">減らすのは「見逃し」</span>。これは疑いようがない。大動脈解離も、腸管穿孔も、硬膜外血腫も、多少考えなしのCTに救われたことはある。前述の通り、この記事はCT批判じゃない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">逆に<span class="marker-under">CTが増やすもの</span>は目に見えにくい。ここが厄介だと思うのである。4つほどあると思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>1. 被ばく。</strong> あたりまえである。<br>2025年、JAMA Internal Medicineに載った研究。米国で2023年に行われた約9300万件のCTから、将来約10万3000件のがんが生じると推計した。年間のがん診断の約5%に相当する（<a href="https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2832778?guestAccessKey=afde7c2e-df6b-4e7b-9ced-7a15ed74dc1d&amp;utm_source=For_The_Media&amp;utm_medium=referral&amp;utm_campaign=ftm_links&amp;utm_content=tfl&amp;utm_term=041425">Smith-Bindman, JAMA Intern Med 2025</a>）。<br>ただしこれは低線量でもリスクが直線的に続くと仮定したモデルの推計で、実際に観察された数ではないし、過大評価だという批判もある。しかしながら、集団では無視できない数になる。ま、長生きすれば、2人に1人は一生のうちにがんと診断される時代なのだけど。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>2. 偶発所見。</strong> 救急外来のCTを扱った69研究のメタ解析では、偶発所見があったのは3割。しかも退院後にきちんとフォローされたのは半分以下（<a href="https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35717273/">Evans, Ann Emerg Med 2022</a>）。これはちゃんと見つけたならfollowしようよというという意味合いが強い論文であるが、CTは偶発所見が増える。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>3. 検査。</strong> 偶発所見は良くも悪くも次の検査を呼ぶ。追加の造影、MRI、外来予約。その先にあるのは、多くの場合「経過観察」ではある。それも大事なことではあるが、無駄が増えているのは事実、必要悪である。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>4. 偽の安心。</strong> これが依存の原因。むしろ、とらなければ怖いとさえ思うようになってしまった。<br>「CTで何もなかったので帰宅」・・・発症早期の脳梗塞、腸間膜虚血。急性冠症候群、精巣捻転。<br>単純CTが正常でも否定できない病気はいくらでもあるし、CTの「異常なし」は、撮った問いに対する答えでしかないのになんだか安心してしまう。問いを立てずに撮ったCTの「異常なし」は、ほとんど何も否定していないのに。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">なぜ僕らは撮りたくなるのか</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">ではなぜ撮りたい衝動に駆られるのか？<br>「訴訟が怖いから撮る」よく聞く説明だけど、撮るか撮らないかは「怖がりかどうか」だけでは決まらない。僕らの判断そのものに認知のバイアスがあるからである。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li><strong>作為バイアス</strong>：何もしないより、何かしたほうが正しい気がする。救急の文化というか、多少のオーバートリアージは許容という建付けがこれを許容し、強く後押ししている。</li>



<li><strong>後悔というか敗者バイアス</strong>：撮らずに見逃した後悔は一生残る。撮って所見が何もなかった後悔は、寝たら忘れる。被ばくの害は数十年後に、誰の顔も浮かばない形でしか現れないのだから、今の僕らが負っている責任の様には見えないのだから撮ろうぜと心がささやく。</li>



<li><strong>利用可能性バイアス</strong>：去年、同僚が見逃した解離の1例が鮮烈で、今夜の100の判断を引っ張る、あるある。</li>



<li><strong>早期閉鎖</strong>：CTで何か見つかった瞬間に思考が止まる。「異常なし」でも止まる。問いがないとこれが起きやすい。</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">CTは思考を確かめる道具のはずが、いつのまにか思考の外注先になっている。<br>「CTを撮る」という行為が、「自分で考えて決める」という作業の代わりになってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もちろん、逆に「僕は画像に頼らず診断できる」という自信や、CTを撮らないことへのこだわりも、判断を歪める偏りでもあるから難しい。<br>また、経過観察の入院ベッドがない。再診の導線がない。深夜で上級医、専門医を呼べない。そういったセーフティーネットシステムの制約の中では、CTが一番安全で早い選択肢になることもある。これも撮りたくなる理由である。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc5">「誰かが撮ってくれている」という安心</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここからは自戒を込めて書く。<br>救急外来には、コンサルトする側とされる側がいる。僕は毎日、両方の立場を経験する。<br>そして正直に告白すると、コンサルトを受ける側に回ったとき、CTがすでに撮られていると、ほっとする。<br><br>なぜか。<br>そのCTは、もしかしたら不要だったかもしれない。でも、撮ったのは自分ではない。僕は「このCTを撮るべきか」という課題に向き合わないまま、その情報だけをゲットできる。被ばくの責任も、不要な検査だったという評価も、オーダーした人のもの。僕の手元に残るのは、画像という情報のみ。<br>これはかなり居心地のいいポジション。そして、居心地がいいからこそ、無意識に相手に求めてしまう。「CTは撮ってあるの？」と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">言われる側はどうなるか。研修医はすぐに学習する。こういう主訴はCTを撮るものだ。CTなしでコンサルトすると、上級医の一拍の沈黙が来る。だから次からは先に撮っておこう。冒頭の「とりあえずCTは撮ってからホールディングで結果待ち」は、この学習の結果であり、さらにその研修医が上級医になると修正不可能なDNAレベルの問題へと発展する(笑)。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なんだったら、撮っていれば「これは要らなかったね」と言われ、撮っていなければ「CTは？」と聞かれるような、この二重拘束が続けば、相談する側は医学的な適応に加えて、相手の期待まで先回りして撮ったり撮らなかったりするようになる。画像が、診療のツールであると同時に、相談を受けてもらうためのチケットになってしまう構造がそこにある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こうして、奇妙なCTが爆誕。救急医は「相手が求めるから」撮る。コンサルタントは「すでにあったから」見る。どちらも、そのCTが必要だと自分で判断していない。誰も必要だと決めていないのに、確実に撮られるCT。僕はこれが「とりあえずCT」の正体なのではと思っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ、コンサルタントを悪者にするのはフェアではないとも思う。深夜に呼ばれる側は、病院に来るべきかを電話一本で決めなければならないし、問診や身体所見は、電話越しでは伝わりにくく、信頼もしにくい。CTは、その信頼の不足を埋める「共通言語」として機能していることがある。コンサルタントは専門科が多いわけだが、治療を完遂するという責任からその疾患の情報を多く得てトラブルに対応できるようにしたいという側面もある。また相談する側にも、振り返る余地はままある。臨床的な問いを整理しないまま、画像だけを揃えていないか。「CTまで撮りました」が、「何を疑い、何を相談したいのか」の代わりになっていないか。立場による偏りは、どちらの側にも起こるのである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">このCT依存の病態生理を言語化してみたは良いのだけど、何かよりより良く診療していくための考え方はないものか？問いを持って撮るとはどういうことか。<br>後編では、頭部・頸部外傷、胸部、腹部の部位ごとに『撮る・撮らない・造影する』を決める考え方をまとめた。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>OECD. <a rel="noopener" href="https://www.oecd.org/en/publications/health-at-a-glance-asia-pacific-2024_51fed7e9-en/full-report/medical-technologies_39f58008.html" target="_blank">Health at a Glance: Asia/Pacific 2024, Medical technologies</a></li>



<li>日本医学放射線学会ほか. <a rel="noopener" href="https://www.radiology.jp/content/files/guideline_20200423.pdf" target="_blank">新型コロナウイルス感染症（COVID-19）に対する胸部CT検査の指針 Ver.1.0（2020年4月23日）</a></li>



<li>Inui S, et al. <a rel="noopener" href="https://pubs.rsna.org/doi/10.1148/ryct.2020204002" target="_blank">Chest CT Findings in Cases from the Cruise Ship &#8220;Diamond Princess&#8221;（Erratum）. Radiol Cardiothorac Imaging 2020</a></li>



<li><a rel="noopener" href="https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35581125/" target="_blank">Clinical significance of chest CT for the exclusion of COVID-19 in pre-admission screening. Respir Investig 2022</a></li>



<li>Uchida S, et al. <a rel="noopener" href="https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33172767/" target="_blank">CT screening for COVID-19 in asymptomatic patients before hospital admission. J Infect Chemother 2021</a></li>



<li><a rel="noopener" href="https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7833718" target="_blank">Pre-admission CT screening for COVID-19 in surgical patients with cancer, Tokyo（PMC7833718）</a></li>



<li>ACR. <a rel="noopener" href="https://www.acr.org/Advocacy/Position-Statements/Recommendations-for-Chest-Radiography-and-CT-for-Suspected-COVID19-Infection" target="_blank">Recommendations for Chest Radiography and CT for Suspected COVID-19 Infection（2020）</a></li>



<li>Rubin GD, et al. <a rel="noopener" href="https://escholarship.org/content/qt893220f2/qt893220f2.pdf" target="_blank">The Role of Chest Imaging in Patient Management during the COVID-19 Pandemic: Fleischner Society. Chest 2020</a></li>



<li><a rel="noopener" href="https://link.springer.com/doi/10.1186/s12880-024-01457-4" target="_blank">Trends in CT examination utilization in the emergency department during and after the COVID-19 pandemic. BMC Med Imaging 2024</a></li>



<li>Smith-Bindman R, et al. <a rel="noopener" href="https://cancer.ucsf.edu/news/2025/04/15/popular-ct-scans-could-account-for-5-of-all-cancer-cases-a-year" target="_blank">Projected Lifetime Cancer Risks From Current CT Imaging. JAMA Intern Med 2025（UCSFの解説）</a></li>



<li>Evans CS, et al. <a rel="noopener" href="https://reliasmedia.com/articles/incidental-findings-for-ed-patients-are-common-not-always-acted-on" target="_blank">Incidental radiology findings on CT in ED patients: systematic review and meta-analysis. Ann Emerg Med 2022（解説記事）</a></li>
</ul>
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		<item>
		<title>ACP（アドバンス・ケア・プランニング）なんて、くだらない。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Dr. まにまに]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 21 Jun 2026 08:58:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[医療教育・チーム医療]]></category>
		<category><![CDATA[救急医の頭ん中]]></category>
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					<description><![CDATA[「ACP（アドバンス・ケア・プランニング）がくだらない」 そう書いて、どれだけの人が眉をひそめるだろう。でも、これがある種、正直な僕の気持ちです。 目次 救急の現場で目撃してきたもの何かがおかしい誰のための「意向確認」か [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「ACP（アドバンス・ケア・プランニング）がくだらない」</p>



<p class="wp-block-paragraph">そう書いて、どれだけの人が眉をひそめるだろう。でも、これがある種、正直な僕の気持ちです。</p>




  <div id="toc" class="toc tnt-none toc-center tnt-none border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ul class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">救急の現場で目撃してきたもの</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">何かがおかしい</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">誰のための「意向確認」か</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">家族は、どこにいるのか</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">現場の本音</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">本物の免罪符は、どこにあるのか</a></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">それでも、問いは必要だ</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">最後に</a></li></ul>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">救急の現場で目撃してきたもの</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">そこには教科書が想定していない現実がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">外国人旅行者が外傷性脳出血で運ばれてきた。あらゆる手を尽くしたが、回復の見込みはほぼなくなった。家族は遠い国にいる。「今後どうしますか」と問える相手が、目の前にいない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小学生が心停止で運ばれてきた。蘇生には成功したが、低酸素脳症が残った。両親は泣きながら立ちすくんでいた。何も言葉が出なかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">自傷による全身熱傷の患者を重症管理していたとき、チームの中でこんな言葉が飛び交った。<br>「こんな苦しい治療を続けて、患者のことを本当に考えているんですか」<br>「では、諦めろと言うのか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">どちらの言葉も、嘘じゃなかった。だから余計につらかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">嚥下機能をほぼ失った患者が「窒息するリスクがあっても食べたい」と強く訴えた。本人の意思は、揺るがなかった。ところが病院の医療安全部門は、介助するメディカルスタッフへの負担を理由に同意書の取得を求めてきた。その文書の文体は、食事を続けることがいかに危険な選択であるかを、暗に、しかし丁寧に伝えるものだった。患者は食事を諦め、点滴と低栄養で数ヶ月をかけて衰弱し、亡くなった。<br>「本人が選んだことだから」と、誰かが言った。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">何かがおかしい</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">「本人が選んだ」って、本当にそうだったのか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">患者が選んだのは「食べること」だった。同意書を求めたのは病院だった。食事を諦めたのは、その圧力があったからじゃないか。そして衰弱死を「本人の選択」と呼んだのは、誰か。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なんか、おかしくないですか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実はこの「おかしさ」は、僕の直感だけじゃなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2021年にJAMAに掲載されたモリソンらの論文、<em>&#8220;What&#8217;s Wrong With Advance Care Planning?&#8221;</em>・・・「ACPの何が問題なのか」。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そこにはこう書いてあります。<br>80のシステマティックレビュー（原著論文1600本以上）を統合した解析で、ACPが終末期の意思決定に影響を与えたり、患者・家族の医療満足度を改善したりするという証拠は、見つからなかった。その後に行われた5つの大規模RCTでも(がん患者、特養入居者、プライマリケア高齢者など対象はさまざまだったが」ACP群と通常ケア群の間に、有意な差はなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">つまり、「ACPをやれば、患者の望む医療が実現しやすくなる」という前提そのものが、エビデンスによって支持されていないのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なぜか。「プロジェクション・バイアス」という概念：人は、未来の自分の気持ちを、今の自分の気持ちで予測しようとするわけだが、その予測は、往々にして外れる。<br><br>緩和ケア病棟に入院したがん患者168人を追跡した研究では、患者の「生きたいという意志」は、呼吸困難や苦痛のレベルによって波のように変動し続け、心不全患者を4ヶ月ごとに2年間追跡した研究でも、「積極的治療を望むかどうか」「どこで死にたいか」という希望は時間とともに変わり続けた</p>



<p class="wp-block-paragraph">。一方向にではなく、行ったり来たりしながら。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今日「もう積極的な治療はいらない」と言った患者が、3日後に同じことを言うとは限らない。逆もある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それでも、一度サインした書類が残る。書類は変わらない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">嚥下障害の患者が「食べたい」と言い続けたとき、その意思は数日間にわたって揺るがなかった。それを押しつぶしたのは、医療者側の「万が一のリスクは負えない」という保身だったのではないか。そして「本人が選んだ」という言葉が、事後的に貼り付けられたのではないか・・・。</p>



<p class="wp-block-paragraph">プロジェクション・バイアスが起きる前に、制度が意思をねじ曲げていたのではないか・・・。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">誰のための「意向確認」か</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">ACPや、そこから派生するDNAR（蘇生不要指示）が、免罪符として機能しているという感覚が、僕にはずっとある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかも最近、気づいてしまった。その免罪符を作るための会話が、日に日にうまくなっている気がする、自分自身に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">末期がんの患者に点滴をしない。高齢者の肺炎に人工呼吸器を使わない。胃瘻を望まない患者を看取る。これらの判断が「ご本人の意向に沿った医療」として処理されていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、待ってくださいな。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「この治療は本人にとって意味がない」と判断しているのは、誰か。医療者だ。医療者が「やめた方がいい」と考えた方向に話が進んだとき、「その方らしい最期だった」という言葉が添えられる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">では逆はどうか。「それでも最後まで集中治療を受けたい」「1秒でも長く生きたい」という患者の選択が、同じ熱量で「その人らしい」と受け止められているか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">僕の経験では、そうではないことの方が多い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もちろん、問題は誘導の方向性じゃない。方向がどちらであれ、医療者の価値観が先にあって、患者の言葉がそれを追認するために使われている・・・その構造そのものが問題だと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたらしい生き方ってどんなですか」という問いかけは、一見やさしい。<br>でもその問いが「苦しい延命治療は望まないですよね」という誘導の包み紙になっていないか。患者の言葉を借りて、医療者の判断を正当化する。その構図は、かつて「患者にサインをもらう手続き」として形骸化したインフォームド・コンセントと、まったく同じ過程を繰り返しているようにも見える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">本人の意向を聞いているのではなく、医療者がすでに決めた方向性に「お墨付き」をもらいにいっている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もしそうなら、それは対話ではなく、説得だ。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">家族は、どこにいるのか</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">この構図をさらに複雑にしているのが、日本における家族の存在だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">日本の医療現場では、患者本人よりも家族の意向が大きなウェイトを占めることが多い。「ご家族のご意向は」という問いが、患者本人への問いよりも先に来ることさえある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ここに、奇妙なねじれがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「もしあなた自身がこの状態になったとき、延命を望みますか」という問いと、「目の前の患者に延命を続けますか」という問いとでは、同じ家族でも答えが変わることが多い。自分のこととして考えれば「そこまでしなくていい」と言う人が、いざ家族の治療となると「できることは全部してほしい」と言う。逆もある。僕でさえ、おそらくは自分の両親の看取りには大きな抵抗がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">看取りの方向性に同意するとき、家族の心の中では何が起きているか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「自分が死を決めてしまった」という感覚が生まれることがある。でも、本当はそうじゃない。医療的介入がなければとっくに亡くなっていた状態に対して、家族と医療者が遅ればせながら現実を受け入れ、合意形成をしているにすぎない。死を誘導しているのではなく、すでに起きていることやまもなく起きる予想に対して方針が追いついているだけだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">にもかかわらず、看取りの「スイッチ」を家族に渡す構造が、その罪悪感を生み続けている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ACPは患者の免罪符であると同時に、家族の免罪符でもある。「本人がそう望んでいたから」という言葉は、家族が自分を許すための言葉でもある。そしてそれを引き出しているのは、医療者だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">逆の立場もある。早く逝ってほしいと思っている家族も、現実にはいる。社会的な事情から、まだ生きていてもらわなければならない家族も。その複雑さには、一文触れるだけで十分だ。深入りしても、誰も救われない。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc5">現場の本音</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">しかも、この構造には続きがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">対外的には「ご高齢ですから」「これ以上は苦しいだけです」という言葉で家族を看取りへ誘導する。医療者の間では「過剰医療」「無意味な延命」「引き際」という言語で積極的治療を批判する。方向は、どちらも同じだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「高齢者にあんな積極的な医療をして」<br>「何度も自傷している患者の蘇生をする理由はあるのか」<br>「こんなつらい治療を続けるなんて、医療者の傲慢、自己満にしか見えない」</p>



<p class="wp-block-paragraph">これらの声は、看護師から聞いたこともあるし、医師同士の会話で出てきたこともある。嘘じゃない。正直な感情だと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして医療者のコミュニティの中には、暗黙の序列がある。「引き際のわかる医師」が、できる医師とされる。経済的な構造も、その方向と一致している。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、ここで正直に言っておきたいことがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">医療者の「やめたい」という感情が、傲慢や利己心から来ているとは限らない。むしろその逆のことも多い。目の前で苦痛にゆがむ顔を、毎日見ている。バイタルが崩れるたびに処置を繰り返す。現代医療の限界を、骨の髄まで知っている。一般の人が人生で1〜2度しか経験しない「死に直面する場面」を、何十回、何百回と経験してきた医療者にしかわからない感覚がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その経験の蓄積から「仕方なかった」と思いたい気持ちは、ドクター・キリコ的な感情とは違う。現実を知っているからこそ生まれる、ある種の誠実さだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だからこそ、その感情が「患者らしい最期」という仮説に着地するとき、そこに自分の価値観が混入していないか、一度立ち止まって問い直してほしい。<br>かもしれない</p>



<p class="wp-block-paragraph">ACPは、その感情の落としどころになっていないか、または医療者としてあるべき責任や矜持としてあえて混入させた価値観、誘導かは二の次として。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc6">本物の免罪符は、どこにあるのか</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">「免罪符」という言葉を使ってきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">本来の免罪符とは、罪の許しを得るための宗教的なよりどころだ。その背景には「正しく生きるとはどういうことか」という哲学がある。死に意味を見出し、罪悪感を昇華するための言語が、文化の中に育っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">日本にはその基盤が乏しい。死は忌むべきものであり、心身の現実が受け入れられないから、選択肢がないから、そこに行き着く。本心から死を望んでいるわけではない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だとすれば、今のACPが免罪符として機能しているとしても、それは本物の免罪符ですらない。哲学も死生観も持たないまま、手続きだけが免罪符の形をしている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">患者も、家族も、医療者も、誰も本当の意味では許されていない。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc7">それでも、問いは必要だ</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">ここまで書いてきて、誤解されたくないことがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ACPそのものを捨てたいと言っているわけではない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">外国人旅行者に問える相手がいなかったこと。小学生の両親が立ちすくんだこと。患者が「食べたい」と言い、誰も正面から向き合えなかったこと。これらに共通しているのは、事前に何も話されていなかったという事実だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「1秒でも長く生きたい」という選択は、尊重される。「苦しい処置より穏やかな時間を」という選択も、同じように尊重される。どちらが正しいかではなく、どちらも本人の生き方だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実は、この問題意識は今、世界中で共有されている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2024年にAge and Ageing誌に掲載されたマルホトラの論文は、ACPを「Advance Care Preparation（事前ケア準備）」として再定義することを提言している。キーワードは<strong>Educate・Share・Prepare</strong>：将来の決定を今日固定するのではなく、今の価値観を共有し、変化を受け入れながら準備し続けるプロセスへ。書類ではなく、繰り返される対話へ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">プロジェクション・バイアスが示すように、人の気持ちは変わる。だから一度の会話で完結させようとすること自体が、そもそも間違っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ACPが機能するとすれば、それは医療者が楽になるための書類を作ることではなく、本人が何を大切にしているかを、繰り返し、少しずつ言葉にしていくことのはずだ。そしてその言葉は、固定されるためにあるのではなく、変わっていくことが許されるためにある。目まぐるしく状況が変わる救急医療では非常に難しいことではあるが。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc8">最後に</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">「ACP、くだらない」と書きました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">言い直します。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今の使われ方の相当な部分が、くだらない。もちろん、自戒を込めて。</p>



<p class="wp-block-paragraph">くだらなくしているのは制度ではなく、それを使う側の意識と、無意識と、理解の問題です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">あなたは、患者が「それでも最期まで闘いたい」と言ったとき、その選択を「その人らしい」と、同じ温度で受け止められるか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もしそうでないなら、それは本来のACPではない。医療者の価値観を、患者の言葉に着替えさせているだけだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ただ・・・それが即座に「悪」だとも言い切れない、とも思っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">問題は、その価値観の混入に気づいているかどうかだ。気づいていれば、修正できる。すり合わせができる。患者の言葉の奥に何があるかを問い直せる。そもそも患者の価値観は、何を目的に形作られてきたのか。その目的を理解した上で、医療者の知っている現実、医療の限界と、その先に待っているものを、正直にシェアすること。それが、本当の意味での対話じゃないかと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そしてもう一つ、目を背けてはいけない現実がある。医療経済、資源の分配、スタッフの心の余力。これらを抜きにしたACPの議論は、きれいごとで終わる。現実を直視した上で、それでも患者と、いや、患者になる前の、まだ元気なうちの人たちと、みんなで対話を続けていくこと。それはやっぱり、大切なことなんだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">くだらないと書いた。でも、くだらなくしたくはない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">はい。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>



<p class="wp-block-paragraph">いのちのまにまに。</p>



<p class="wp-block-paragraph"></p>
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		<title>熱中症って、実は“すぐそば”にある話</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Dr. まにまに]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 22 Jun 2025 19:51:13 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[救急医の頭ん中]]></category>
		<category><![CDATA[救急疾患・病態]]></category>
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					<description><![CDATA[目次 ── ある朝、ふと「立ちくらみ」を感じたあなたへ室内だから安心？それ、もう過去の常識です熱中症になりやすい“3大シーン”間違いがちな“常識”をアップデート① 「水だけ飲めばOK」 → 半分正解②「汗が出てない＝大丈 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[

  <div id="toc" class="toc tnt-none toc-center tnt-none border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6" checked><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">目次</label>
    <div class="toc-content">
    <ul class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">── ある朝、ふと「立ちくらみ」を感じたあなたへ</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">室内だから安心？それ、もう過去の常識です</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">熱中症になりやすい“3大シーン”</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">間違いがちな“常識”をアップデート</a><ul><li><a href="#toc5" tabindex="0">① 「水だけ飲めばOK」 → 半分正解</a></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">②「汗が出てない＝大丈夫」 → 危険な誤解</a></li></ul></li><li><a href="#toc7" tabindex="0">「これって熱中症かも病院いく？」の見分け方</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">&#x1f9e0;熱中症は、「がんばらない人」が勝ち</a></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">今日からできる“暑さ負けない行動”TOP3</a></li></ul>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">── ある朝、ふと「立ちくらみ」を感じたあなたへ</span></h2>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">&#x1f305; その日は、いつもと同じ朝でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">窓から差し込む光はやさしく、子どもが「朝ごはんまだー？」と元気に声をあげる。<br>でも今日は、立ち上がった瞬間に“クラクラ”する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「寝不足かな？」と水を飲むけれど、まだボーッとする。</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>実はこれ、“室内熱中症”のはじまりかもしれません。</strong></p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="1024" height="516" src="https://in-the-emergency-room.com/wp-content/uploads/2025/06/dc075fd6610ac76bfef476d9bb9c5338-1024x516.png" alt="" class="wp-image-1592" srcset="https://in-the-emergency-room.com/wp-content/uploads/2025/06/dc075fd6610ac76bfef476d9bb9c5338-1024x516.png 1024w, https://in-the-emergency-room.com/wp-content/uploads/2025/06/dc075fd6610ac76bfef476d9bb9c5338-300x151.png 300w, https://in-the-emergency-room.com/wp-content/uploads/2025/06/dc075fd6610ac76bfef476d9bb9c5338-768x387.png 768w, https://in-the-emergency-room.com/wp-content/uploads/2025/06/dc075fd6610ac76bfef476d9bb9c5338-1536x774.png 1536w, https://in-the-emergency-room.com/wp-content/uploads/2025/06/dc075fd6610ac76bfef476d9bb9c5338-2048x1031.png 2048w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">室内だから安心？それ、もう過去の常識です</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">昔は「炎天下のグラウンドで倒れる高校球児」が熱中症のイメージでした。<br>でも今は──</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>発生場所の多くは <strong>屋内</strong></li>



<li>死亡者の <strong>約8割が高齢者</strong>（厚生労働省※1）</li>



<li>20〜40代の「自宅や職場で突然倒れる」ケースも増加中</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">例：自宅でリモートワーク中、冷房をつけずに倒れる<br>　　子どもと公園にいたら、親の方が先にダウン<br>　　通勤電車を降りた直後にめまいと吐き気</p>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>我慢強い人ほど危険</strong>──暑さの怖さを常に意識できていないからです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">熱中症になりやすい“3大シーン”</span></h2>



<figure class="wp-block-table"><table class="has-fixed-layout"><thead><tr><th>シーン</th><th>なぜ危険？</th></tr></thead><tbody><tr><td>起床直後</td><td>寝ている間に脱水が進行している</td></tr><tr><td>エアコン未使用の室内</td><td>温度＋湿度で熱が逃げにくくなる</td></tr><tr><td>水だけ大量摂取</td><td>塩分不足で<strong>低ナトリウム血症</strong>リスク</td></tr></tbody></table></figure>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">間違いがちな“常識”をアップデート</span></h2>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc5">① 「水だけ飲めばOK」 → 半分正解</span></h3>



<p class="wp-block-paragraph">人は汗をかくと、<strong>水分と一緒に塩分（ナトリウム）も失います</strong>。<br>水だけを飲み続けると血液中の塩分が薄まり、 相対的に“水中毒” や “低ナトリウム血症” というあぶない状態になることもあります。（日本救急医学会のガイドライン2024より※2）</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph"><strong> </strong>&#x2705; 対策：スポーツドリンクや経口補水液（OS-1など）を活用</p>
</blockquote>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc6">②「汗が出てない＝大丈夫」 → 危険な誤解</span></h3>



<p class="wp-block-paragraph">重症化すると汗が止まることがあります。<br>初期は汗をかき、中等症では減り、重症では止まる──これが危険のサイン。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc7">「これって熱中症かも病院いく？」の見分け方</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">熱中症は、<strong>進行すると“自力で回復できなくなる”病気</strong>です。</p>



<h4 class="wp-block-heading">&#x1f4a1;自分で対応できるレベル（軽症～中等症）</h4>



<ul class="wp-block-list">
<li>頭がボーッとする、めまいがする</li>



<li>手足がつる（こむら返り）</li>



<li>なんとなく気持ち悪い、軽い吐き気</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph"><strong>対応</strong>：<br>涼しい場所へ移動 → 水分・塩分を補給（※一人にしない） → 衣服をゆるめる → 首・脇・太ももの付け根を冷やす<br><strong>30分以内に改善すればOK</strong>。ただし引き続き観察を。</p>



<h4 class="wp-block-heading">&#x1f691;病院や救急を呼ぶべき状態（重症）</h4>



<ul class="wp-block-list">
<li>意識がもうろうとしている／会話が成立しない</li>



<li>水分が取れない、嘔吐が続く</li>



<li>体が熱く、汗が止まっている</li>



<li>痙攣、けいれん、異常行動がある</li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">→ <strong>ためらわず119番か、#7119（救急相談センター）へ</strong></p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc8">&#x1f9e0;熱中症は、「がんばらない人」が勝ち</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">私たちはつい、<br>「暑いけどあと少し」「冷房は節電のために」<br>と考えてしまいがち。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、それで倒れたら元も子もありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">特に子どもや高齢者、持病のある方は自分で症状に気づけないリスクがあります。<br><strong>「ちょっとおかしいかも」＝勇気ある撤退</strong>が命を守ります。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc9">今日からできる“暑さ負けない行動”TOP3</span></h2>



<ol class="wp-block-list">
<li>起きたらまず一口、OS-1か麦茶＋塩飴</li>



<li>室温28℃を超えたら即エアコンON</li>



<li>「変だな」と思ったら30分休憩（改善しなければ#7119）</li>
</ol>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<h4 class="wp-block-heading">&#x1f4cc;まとめ──「熱中症は防げる、でも気づけない病気」</h4>



<ul class="wp-block-list">
<li>自分の「変だな」という感覚を信じてください</li>



<li>水だけではダメ、<strong>電解質とのバランスが命</strong></li>



<li>運動前、寝る前、起きた直後、室内でも「こまめに補給」が鉄則</li>



<li>不安なら、迷わず相談を（#7119）</li>
</ul>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">&#x1f4da;参考文献・出典</p>



<ol class="wp-block-list">
<li>厚生労働省「熱中症関連情報」<a href="https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/">https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/</a></li>



<li>日本救急医学会「熱中症診療ガイドライン2024」</li>



<li>環境省「熱中症予防情報サイト」<br>　<a>https://www.wbgt.env.go.jp/</a></li>



<li>東京都救急医療情報センター #7119 紹介ページ<br>　<a href="https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/ts/ems/page03.html">https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kyuu-adv/soudan-center.html</a></li>
</ol>
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