「あのとき、どうすべきだったのか?」
救急の現場で「判断の一瞬」が患者の生死を分ける場面は多くあります。その中でも、輸血の決断ほど緊張感を伴うものはないですよね。O型Rh(-)のノンクロス輸血(未照合RBC)を使うか否か、MTP(Massive Transfusion Protocol)をいつ、どう起動するか。
さらには、輸血戦略を途中でどのように切り替えるか──うむ、悩ましい。
特に、外傷患者と産褥出血患者では、その背景や輸血に対する文化・対応体制が大きく異なります。例えば、外傷センターであれば1:1:1(赤血球:FFP:血小板)のMTPが整備されていることもありますが、一般病院ではそうとは限りませんよね。また産科での弛緩出血においては、迅速な子宮収縮薬の投与と同時に、O型赤血球とAB型FFPが即座に準備できるかが鍵を握ります。昨日も帝王切開後の産褥出血が転院搬送・・・。
「ノンクロス輸血、どこまでやっていいの?」 「クロスマッチが間に合ったら、すぐ切り替えるべき?」 「異型輸血って、どのリスクまで許容できるのか?」
この記事が、あなたの「次に出会う出血症例にどう備えるか」のヒントになればうれしいです!
症例
🚑症例1:産褥出血──「O型赤血球でつなぐ時間稼ぎ」

すみません。20分後に30歳、G2P2の女性。ERに産褥出血の転院搬送があるんですが、経腟分娩後2000mlくらいの多量出血を認めたらしくて。
分娩はスムーズだったんですけどね。子宮底は柔らかくて、弛緩性出血かなって。
サポートいただけますか?
子宮マッサージ、オキシトシン、メチルエルゴメトリンが投与されるも出血は持続。
到着時、出血量は約2500 mL、BP 85/48 mmHg、HR 132、意識清明。
救急医は「FFPはあと10分かかるか。赤血球はO型Rh(-)を先に持ってきて」と看護師に指示。
産婦人科医は「まだクロスマッチも血液型判定も出てないけど、大丈夫?」と思いつつ処置にとりかかった。
判断:ノンクロス輸血(O型Rh(-)赤血球)2単位を投与開始。30分後、患者のAB型が判明し、AB型FFPを投与、以降クロスマッチ済みのRBCへ切り替え。
この症例のポイントは:
- 出血の急性性と可逆性(弛緩出血)
- MTPがない環境でも、「赤血球→FFP→PLT」の順で臨機応変?
- ノンクロス輸血の判断基準と異型輸血への備え
🏍症例2:重症外傷──「MTP起動、それは反射神経のように」

42歳男性。バイク事故によって路上に投げ出され、腹部と骨盤部の疼痛があります!現場でのバイタルはBP 70/34、HR 140、GCS 15。病着まで10分です!
救急隊からの報告に基づき、研修医と看護師にお願いした。

評価しながらだけど、MTPを起動するし、O型RBC、AB型FFP、血小板の1:1:1セットを要請すると思うから検査室に連絡して~。輸液確保と同時にトラネキサム酸1 gを投与してめ~。
救急外来到着時、血圧は68/32、心拍数144。顔色は蒼白、意識は清明。FASTは陽性。
RAPID TEGは未導入の施設であったが、直感的に「この症例は時間との勝負」と判断。開始から15分以内にフィブリノゲン濃縮製剤1.5gを投与。6単位目の赤血球輸血中に血液型が判明し、すぐにクロスマッチ済みの自己血へ切り替え。
この症例のポイントは:
- 外傷では輸血の「セット思考」ができているか?
- クロスマッチのタイミングと異型輸血のリスク管理
- プロトコルが機能している組織か否かで対応が変わる
エビデンスで語る輸血戦略
❶ ノンクロス輸血──時間を買う戦術か、背水の陣か?
いくつかの大学病院や東京の某有名病院の指針をみると、緊急ノンクロスO型Rh(-)RBCは数単位程度まで応急処置的に投与可能と書かれています。実臨床でも「クロスマッチを待てない状況」は日常的に発生します。
“Uncrossmatched O negative red blood cells may be used as a temporizing measure in exsanguinating patients where immediate blood replacement is required.” ― Norii T. et al., Resuscitation 2022
「致死的溶血反応の発生率は0.03%以下であり、適切な使用条件下では極めて安全性が高い」と報告されています。
ただし、O型赤血球による異型輸血(A/B型患者への投与)では、抗A/B抗体の影響による溶血リスクはゼロではありません。特に高力価抗体を持つドナー(主にO型女性)からの血液は注意が必要です。
クロスマッチなしでの使用は「つなぎ」である。血型確定後は速やかに同型血へ切替が原則。
❷ クロスマッチ切替のベストタイミングとは?
ではいつ、ノンクロスから同型血へ切り替えるべきか?明確な推奨時点はありませんが、先述の通り一般的には「血液型が判明した次単位から同型に切り替える」のが妥当かなと。
“Switch to ABO-identical, crossmatched RBCs as soon as the patient’s blood type is confirmed, ideally from the next unit.” ― AABB Guidelines 2021
当たり前ですが、早期に切り替えることで異型感作や後遺的な抗体産生のリスクを回避できる。一方で、切替のタイミングが早すぎると準備遅延による治療空白が生じるため、現場判断とのバランスが難しい。状態が落ち着いていればいいですが、そうでないことは多いので自身の施設では製剤が準備できたらってことが多いですね。でも手元にあるから異型/ノンクロス輸血許容はNGです。
❸ MTP(大量輸血プロトコル) ~順番の呪縛~
MTPの基本構成は、「RBC:FFP:PC=1:1:1」が国際的スタンダード。予後を変えるため順守したい。特にRBC:FFPだけでも早々に。。。
“Among patients with severe trauma and major bleeding, a transfusion strategy with a 1:1:1 ratio of plasma, platelets, and red blood cells resulted in better hemostasis and similar survival.” ― Holcomb JB et al., PROPPR trial, JAMA 2015
しかしこれは、MTPが機能している大規模施設の話。現実には「FFPは15分後、溶かさないと」とか「PLTは院内にないから2時間後」とズレが生じることも少なくないですよね。
MTPプロトコルなんで私の施設ではRBC、FFPはすぐに手元にきますが溶かすのはそれからです。
「順番」は理想に過ぎない。届いた順に入れる柔軟性。むずい。
❹ フィブリノゲン製剤──第三の初動因子
産科出血や外傷性DICでは、フィブリノゲンの早期枯渇が止血障害の中核となります。欧州を中心に導入が進むフィブリノゲン濃縮製剤は、その迅速性・確実性から初期治療における“第3の武器”として注目。当院では6gまで在庫あり。FFPじゃ間に合わんじゃん。これしかないじゃんってときもある。
“Initial fibrinogen concentrations below 1.5–2.0 g/L are independently associated with poor outcomes in bleeding trauma patients. Early fibrinogen replacement may improve hemostasis.” ― Schöchl H. et al., Crit Care 2010
初期フィブリノゲンが1.5–2.0 g/L(150-200mg/dL)を下回ると予後不良と関連。
日本でも近年、フィブリノゲン製剤(フィブリノゲン)が承認され、MTP外でも産科や重症外傷での活用が広がってる。
Fbg<150mg/dLと推定される重度出血では、RBC+Fib製剤の先行使用を選択肢に。
🔄 2症例に共通する意思決定のキーワード
- 先手必勝:止血処置と並行で輸血は始まるべき
- フィブリノゲンは“第三の先発”と考える
- クロスマッチのタイミングは“知ったらすぐ切り替え”
- MTPは“手順”ではなく“思考の枠組み=組織(チーム)としての戦略の共通認識”
- 現場判断における柔軟性が理想を凌駕する瞬間がある
まとめ
緊急輸血の現場において、正解は一つではありません。患者の背景、施設の体制、血液製剤の可用性
“現場の文脈”が、最良の戦略を決めます。そのうえで、今回の2症例から導かれる実践的メッセージを、あえて5つに絞って記します。
① ノンクロス輸血は“時間を買う手段”として明確に位置づけよ
O型Rh(–)赤血球のノンクロス輸血は、適切な場面であれば極めて安全性が高く、ためらうべきでない手段です。
🔑 ただし「次の1単位で切り替え」が原則。時間稼ぎであって、常用ではない。
② クロスマッチの切り替えタイミングを“院内ルール化”せよ
意思決定の揺らぎを減らすためには、「血型判明後、次の単位から同型血に切り替える」という基本方針をチーム全体の合意事項として持つことが重要です。
🔑 判断の基準がチームで共有されていれば、個々の現場判断が一貫性を持つ。
③ “理想の順番”に縛られず、“届いた順”で戦え
PROPPR試験の1:1:1戦略は理想形ではありますが、FFPやPLTの入手にタイムラグがある日本の中小施設では、機械的適用は非現実的です。
“In real-world settings, delays in plasma and platelet availability necessitate pragmatic approaches to transfusion sequence.”
― Holcomb JB, JAMA 2015 / 日本輸血細胞治療学会ガイドライン 2018
🔑 「赤血球で命をつなぎ、来た順に入れる」柔軟な現場感覚持てますか?いつもビビります。
④ フィブリノゲン製剤は、第三の初期輸血としての地位を確立しつつある
特に産科出血や重症外傷では、早期のフィブリノゲン欠乏が止血不全の原因となるため、初期治療の段階での補充が望まれる。“Early fibrinogen replacement improves clot stability and reduces transfusion requirements in severe bleeding.”
― Schöchl H. et al., Crit Care 2010
🔑 FFPを待つ時間があるなら、その間にフィブリノゲン製剤を入れる価値は高い。
⑤ “MTP=セットを出す”から、“判断を早める枠組み”へ
MTPを単なる物品手配プロトコルとして捉えると、準備が整わなかった時に機能しません。
なるべく
“この状態なら、次は血小板とフィブリノゲンだ”と判断するためのフレームワークと捉えるべき。
“The activation of MTP should trigger not just blood component delivery, but coordinated decision-making on coagulation support.”
― WHO Handbook of Emergency Obstetric Care, 2018
🔑 MTPとは“思考の自動化”を助けるツール。
「この一滴が命を左右するかもしれない」という重みを持つ医療行為、輸血。
そしていつか、次の緊急輸血の瞬間に、今日のあなたの学びが誰かを救う武器になりますように。
Norii T, et al.
The safety and clinical impact of uncrossmatched O-negative blood in emergency transfusions.
Resuscitation. 2022;172:13–19.
https://doi.org/10.1016/j.resuscitation.2021.12.018
Holcomb JB, et al.
Transfusion of plasma, platelets, and red blood cells in a 1:1:1 vs 1:1:2 ratio and mortality in patients with severe trauma.
PROPPR Trial. JAMA. 2015;313(5):471–82.
https://doi.org/10.1001/jama.2015.12
Schöchl H, et al.
Fibrinogen concentrate administration in trauma patients: a retrospective observational study.
Crit Care. 2010;14(4):R55.
https://doi.org/10.1186/cc8940
AABB Clinical Practice Guidelines.
Red blood cell transfusion: a clinical practice guideline from the AABB.
Ann Intern Med. 2021;174(9):1134–46.
https://doi.org/10.7326/M21-1325
WHO.
Managing complications in pregnancy and childbirth: a guide for midwives and doctors. 2nd ed.
Geneva: World Health Organization; 2017.
https://www.who.int/publications/i/item/9789241563090
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