「自室でなぜか、意識障害、呼吸不全」って経過で救急搬送された80代のおばあちゃん…。実は一酸化炭素中毒だったんですよ。自殺目的とか火事とか最初から一酸化炭素中毒を疑える状況で搬送されることが多かったのでびっくりして。
そうだね。中毒はなんでも疑えるかどうか、重要だよね~。では問題。
「火事で疑うのはCO中毒と〇〇中毒。〇〇とは?」
「高圧酸素療法(HBO)の適応と何故行うか?」
1つ目はシアン中毒ですよね。まにまに先生の「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ポイズン」とかいうネタもと自体よくわからない変な題名の中毒講義で言ってましたよね。
HBOってうちの病院できないし、なんだかんだ酸素投与で時間経つとCOHb低下してて、HBOになった例は見たことないです。
専攻医子ちゃん、キツい言葉・・・。上司は褒めて伸ばそうね。
君の言葉は無色・無臭・非刺激性に心を毒するね。
COも静かに毒してけっこう致死的だから注意して知識入れておいてね。
1.発症機序:なぜCOは「静かに致命的」なのか
一酸化炭素(carbon monoxide:CO)は、無色・無臭・非刺激性という性質をもつ。
ヒトに対して極めて礼儀正しい毒で、呼吸を妨げる刺激もなく、警告もなく、気づかれぬまま体内へ侵入。しかしながらその生体内での振る舞いは、驚くほど不作法な奴である。
CO中毒の病態理解において最初に押さえるべきは、COが引き起こす障害がただ単なる「低酸素血症」ではなく、「酸素利用障害」であるという点。
DOI:10.1007/s00204-021-02976-7
【第一】に、COはヘモグロビン(Hb)に対して酸素の約200〜250倍という極めて高い親和性で結合し、COHbを形成する。これにより酸素運搬トラックHbの一部は物理的に酸素運搬能を失う。つまり酸素は運べない。
さらに重要なのは、COが1分子でも結合したHbでは、残存する酸素結合部位の酸素親和性が異常に上昇する点である。肺炎などの単なる低酸素は、酸素を4つ載せたトラックHbは減るが運べれば組織でちゃんと酸素供給します。でもCOを4つの荷物のうち1つでも載せたトラックは酸欠の組織でも荷物を下そうとしないのです。
僕たちが学生時分に教科書でならったであろう?Hb–O₂解離曲線でいうと左方移動し、肺では酸素が過剰にトラックに積まれはするが、末梢組織では酸素が「放されない」。
この「運べない」と「放せない」という二重苦が、CO中毒の組織低酸素の第一層を形成わけです。
【第二】に、COはミトコンドリア毒である。COは電子伝達系の最終段階に位置するシトクロムcオキシダーゼを阻害し、ATP産生を直接抑制する。これは「酸素があるのに使えない」状態、すなわち細胞レベルの窒息を引き起こす。
なのでCO中毒では、PaO₂やSpO₂が保たれていても、細胞はエネルギーを産生できず、“息ができない”状況に陥るってこと。
【第三】に、CO曝露後には炎症反応と白質障害を基盤とする遅発性神経障害(delayed neurological sequelae:DNS)が生じうる。曝露から数日〜数週を経て、認知機能低下、歩行障害、パーキンソニズム様症状などが出現することがあり、これは急性期の低酸素およびミトコンドリア障害を契機に始動した炎症カスケード(一酸化窒素;NOと活性酸素種;ROSによる)と脱髄性変化が時間差で臨床化する現象と理解されています。
CO中毒とは、単なる「低酸素」ではない。
それは、
酸素を運べず、
酸素を放せず、
酸素を使えないという、
三重の障害が同時に進行する病態である。
そしてこの障害は、
COHbが下がった後も、静かに、しかし確実に続いていく。
2.初期評価:疑う力が診断精度の9割を決める
CO中毒診療の成否は、初療室に入る前、すなわち「疑えるかどうか」でほぼ決まります。
今回の症例は、原因不明の来院直後にSPO2低下、意識障害があり、初療にあたっていた内科医と研修医の「挿管準備して!!」というフレーズで遠くにいた僕が反応して初療に加わった。血ガスの結果は出ており、PaO2(酸素化)が悪く他に特に問題なしとの情報共有。ただ単に意識障害+ジャクソンリースの使い方が微妙で換気が出ていなかったといのがオチであった。気道熱傷、化学性肺炎、呼吸抑制などはSPO₂も下がることがあるという良い例でありました。
一般的にパルスオキシメータはO₂Hb と COHb を区別できないのでSPO₂は正常に出ることが多い。ここが一般的なピットフォールとして認識されるサチュレーションギャップ。
CO中毒においてSpO₂が正常値であることが診断を遅らせる。
ここまでは正直、原因は不明であったところ、知り合いの救急隊隊長さんが引継ぎ後、帰ろうとしたところ近寄ってきて「先生、あまり関係ないかもしれませんが室内で練炭で暖をとっていたようです。」とつぶやいて去っていきました。
ちょいちょい。待て待てい。血ガスデータ見してみ?!
おい、あかん。COHb:44%やんか!!
これに関しては初療医は責められるわけではなく、僕でも救急隊長さんの一言がなければルーチンでCOHbを確認することは正直ないと思う。
病歴聴取は最大の診断ツールであり、練炭、暖房器具の使用、ガス・石油燃焼機器、車庫内でのエンジン稼働、発電機、火災といった環境要因を必ず確認すべきである。特に「同時に複数人が体調不良を訴えている」という情報は、CO中毒など中毒を強く疑ってかかるのが重要です。
症状は非特異的で、頭痛、めまい、悪心といった軽症例から、意識障害、失神、痙攣、胸痛、不整脈といった重症例まで幅広い。感染症や脳血管障害と誤認されやすいがここで注意すべきは、バイタルサインとSpO₂の「安心感」。
通常のパルスオキシメータはCOHbを酸化Hbと誤認するため、SpO₂は正常値を示すことがあります。
3.診断:COHbだけに振り回されない
確定診断にはCOHb測定が用いられる。しかしCOHb値は、受診前に酸素投与が行われている場合には急速に低下するため、曝露時の重症度を必ずしも反映しない。また、COHb濃度は重要ではあるが臨床重症度は必ずしも相関しない。
診断時には、COHbに加えて、心筋障害の評価としてトロポニンと心電図、組織低酸素の指標として乳酸、酸塩基異常の把握のための動脈血ガス分析を併せて行うべきです。頭部MRIは急性期には正常であることも多く、ルーチンで必要とされるものではないが、経過中の神経症状出現時には重要な役割を果たします。
火災現場なのではCO中毒、熱傷などが精査加療の対象になることが多いが、冒頭で専攻医子ちゃんが述べた通りにシアン中毒も考慮し、状況から疑えばCO+シアン複合中毒を想定→ ヒドロキソコバラミン投与を強く検討である。ここではシアノ中毒を疑う指標は、住宅火災で家電・プラスチック・合成繊維などが燃えると出てくるため、場所と乳酸高値(乳酸 ≥10 mmol/L は経験的にシアン中毒を示唆)で治療することが多いです。
火災現場でCO中毒があり、乳酸が10 mmol/L以上なら、シアン中毒を前提に動け。状況次第では乳酸が8 mmol/L以上でも考慮。(DOI: 10.1056/NEJM199112193252502)
火災で循環不全起きてるかもですし、CO中毒でも乳酸上がるでしょ?との話はごもっともだがシアン中毒の治療は特殊であり、僕はある程度決め打ちで治療している。
乳酸が上がるのはご存知の通り、ミトコンドリアでのATP産生ができない(クエン酸回路+電子伝達系)➡細胞が生きるためにATPを作ろうとする➡解糖系がフル稼働➡ピルビン酸が処理しきれない➡乳酸上昇の流れである。
ここにシアンとCOのミトコンドリアのシトクロムcオキシダーゼを阻害が関わるわけだがシアン化合物は即時に不可逆的で強力に阻害するので緩徐に部分的かつでCOより暴力的なイメージで解糖系依存が半端なく、乳酸が上昇しやすい。といった具合です。
4.初期治療:迷ったら100%酸素
CO中毒の初期治療は極めてシンプルである。疑った時点で直ちに100%酸素を投与する。これは支持療法ではなく、明確な治療介入。
リザーバーで酸素投与も良いとは思うがNPPVは圧をかけなくてもリークなければ100%酸素を確約できるし、少し換気が悪い患者でもしっかり酸素化できるので治療選択として個人的には好みです。
【COHbの半減期】
室内気下➡約 320分(5-6時間なども)
1気圧・100%酸素:約 74分(報告によっては <90分、約80–90分の記載も多い)
HBO(2.5-3気圧)・100%酸素:約 20–30分
【正常肺のPaO₂: PAO₂(肺胞気酸素分圧)− A–a較差】
室内気下:PaO₂は100-130mmHg
1気圧・100%酸素:PaO₂は500–600 mmHg
HBO(2.5-3気圧)・100%酸素:PaO₂ ≈ 1,700 mmHg台の報告
100%酸素投与により、COHbの半減期は室内気下の4〜5時間から約60〜90分へと短縮され、さらに肺胞酸素分圧を最大化することで、残存Hbをほぼ完全に酸素化し、血漿中の溶存酸素量も増加する。これはERにおいて最も副作用の少ない「解毒剤」と言ってよい。
意識障害が強い場合、呼吸不全を伴う場合、あるいは誤嚥リスクが高い場合には、気道確保を躊躇してはならない。CO中毒は「様子を見ている間に悪化する」病態であり、挿管は治療遅延を防ぐための積極的介入である。気管挿管のデメリットとしては気管挿管をしたままHBOできる施設がさらに限られる点でしょうか。
Rose JJ, Wang L, Xu Q, et al. Carbon Monoxide Poisoning: Pathogenesis, Management, and Future Directions of Therapy. Am J Respir Crit Care Med. 2017;195(5):596-606. doi:10.1164/rccm.201606-1275CI
5.高圧酸素療法(hyperbaric oxygen therapy:HBO):誰に行うべきか
HBOは「全員にやる治療」ではない。
しかし、「やらなかった理由を説明できない治療」でもいけない。ここはCO中毒治療においてしばしば議論の的になる。
限られた施設でのみ施行可能なHBOの価値は、COHbの半減期短縮であるっとは言いにくい。
なぜなら、現場から搬送中、救急外来で初療をし、CT検査などでCO中毒以外の疾患や気胸を否定し、患者/家族に説明をして転院搬送との流れの中、適切に酸素投与されておれば、おおよそCOHb40%の高値だったとしても10%程度(喫煙者もこれくらいのCOHbになる)には下がっているだろうからです。
それよりも他の効果:溶存酸素を増やす、脂質過酸化・炎症カスケードの抑制、白血球接着や微小循環障害の軽減、(結果として)遅発性神経障害(DNS)を減らせる可能性に関して利があるだろう。一般的にはCOHb 25%以上(妊婦では15〜20%以上)、意識障害や失神、神経学的異常、心筋虚血や不整脈、妊娠などが適応の目安とされます。
話したとおり、HBOの適応をCOHb値のみで決めないことは重要。しかし、エビデンス上、DNS予防効果は一貫しておらず、すべての患者に利益があるわけではない。一方で、意識障害や心筋障害といった臓器障害を伴う重症例では、HBOによる利益が不利益を上回る可能性があります。
結論として、HBOは「数値」ではなく「症状と背景」、すなわち臓器障害リスクに基づいて判断すべき治療であるといえるでしょう。
6.入院中の管理:見るべきポイント
ICUや急性期病棟での管理は、心筋障害と神経学的な評価が中心となります。
意識レベルの推移、高次脳機能の微妙な変化、会話の違和感、歩行の不安定さなどはDNSの前兆となりうる。また、CO中毒後数日以内には心血管イベントリスクが増加することが知られており、高齢者や既存心疾患を有する患者では少なくとも24時間の心電図モニタリングが推奨です。
画像検査としてはMRI(FLAIR/DWI)が有用であり、白質病変や淡蒼球病変が認められることがある。ただし急性期に正常であってもDNSは起こりうる点に注意が必要です。暴露後清明期を経て数日から数週後から出現(発症最長6-8週くらい)するらしいです。
DNSは予防が重要で酸素投与。発症後の治療はエビデンスが弱いがHBO、ステロイド、抗酸化目的でビタミン投与、リハビリテーションなど。徐々に回復を期待するしかないと思います。
7.退院判断・フォローアップ:COHbが下がった=終わり、ではない
退院判断において最も危険なのは、「COHbが下がったから大丈夫」という誤解である。症状が消失し、神経学的異常がなく、心筋障害がない、あるいは安定していること、そして再曝露のない生活環境が確保されていることが退院の前提条件となる。
僕はHBO適応しなかった患者さんでもCOHbが下がってからも酸素投与は8時間~半日程度続け、数日後にMRI、心エコーなど施行して一旦問題ないことを確認して、患者に遅発性の症状についての説明と再発予防をして退院としていることが多い。
DNSは退院後に発症する。これがCO中毒診療の最大の落とし穴です。退院後2週での外来フォローでは、記憶力、歩行、性格変化といった点を確認する。僕個人的には行ったことはないのだが必要に応じて1〜3か月後に再診し、症状があればMRIや神経内科紹介を行う。
患者と家族には、「数週間後に症状が出ることがある」「変だと思ったらすぐ受診してください」と必ず説明する。この一言が、“原因不明の認知症”を一人減らすと思います。
まとめ
一酸化炭素中毒は、SpO₂が正常でも致死的であり、診断の鍵は疑う力にある。初期治療は即時の100%酸素投与であり、HBOは症状と背景を重視して選択する。退院後フォローは治療の延長線上にあり、医師の責任範囲だと思います。

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