低体温とは、深部体温が35℃未満となった状態であり、単なる「冷え」ではなくて、環境要因や基礎疾患によって熱産生と熱喪失のバランスが破綻した結果として全身の生理機能が変調を来している病態です。
低体温という言葉から、雪山や凍える屋外を思い浮かべる人は多いとおもいますが、日本の救急外来で遭遇する低体温患者の多くは、そうした非日常の場所から運ばれてくるわけではなくて、自宅の床、浴室、ワンルームマンションなどで寒さそのものより、「動けなくなって・・・」が背景にあることが多いですよね。
つまり、感染、内分泌異常、低栄養、薬物、消化管出血、外傷、脳卒中・・・低体温はこれらの結果として低体温が現れている可能性があるってことです。
体温を測った瞬間、治療だけ始めるのではなくて鑑別も始める必要があるわけです。
本稿では、
低体温という病態を病態生理から整理し直し、ER初療で「何を信じ、何を疑い、何を捨てるのか」を言語化するための、知識整理をしようと思います。
1. 低体温症でやること:循環の担保、復温、原因評価/治療
低体温では、体温低下そのもの以上に、循環と心筋電気生理が大きく変化します。
寒い➡ 末梢血管は強く収縮し、血液は中枢へシフト➡ 心房が伸展し、ANP分泌が亢進・ADH分泌は抑制➡ 腎からの水排泄が進む。これ、いわゆる寒冷利尿。
つまり、ここで注意したいのは、尿量が循環担保の指標にならないという点。
患者で尿が出ていると、「循環はそれなりに保たれているのではないか」と考えたくなる。
でも、この尿は循環の結果ではなく、体温低下そのものの結果であるのです。
さらに、寒冷利尿と経口摂取不良が重なることで、実質的に脱水が進行しています。
血漿量が減少すれば、Hbは相対的に高く見えるので、もし低体温患者でHbが正常という所見は、安心材料ではなく、むしろ再評価が必要な所見なのです。
低体温では、尿量も、Hbも、普段ほど信用してはいけない。輸液、復温した後どうか?
黒色便や吐血はないか、僕は尿が出ていてHbが保たれている低体温患者でも
「あとで辻褄が合わなくなる」前提で考えるようにしています。
復温は最も重要です。もちろん、それに伴うafterdropや低血圧、再灌流障害などのモニタリングと復温方法の選択がポイントになります。
評価治療をしつつ原因検索とそこへの介入は必須です。つまり、低体温自体で起きうること、低体温では説明つかないこと、わからないが否定しないと危ないものは整理しておこう。特に外傷(頭部含む)、貧血(消化管出血なども)、中毒、粘液水腫(甲状腺)、副腎不全(原発、敗血症性など)、低血糖などは病歴とともに意識して評価しなければ見逃すことになりますので検査していきましょう。
2. 低体温のVFはいつ起こるのか
低体温による脱水、徐脈などによる循環不全も警戒すべき合併症ですが、意外に心臓のアウトプットは保たれていることが多いと思います。ただ最も慎重になるのは致死性不整脈(特に心室細動;VF)。低体温のVFの何が嫌かって?
そりゃ単なるVFってだけでも身の毛よだつのに、低体温のVFは除細動や薬剤の効果が薄いのですよ。一度なると要ECMO患者へ早変わり。one-chance、除細動はしてもいいですが。。。
日本の疫学(他国でも大きく変わらない)では低体温患者のVFの頻度は1-2%程度と低い。
しかし、VFは一定の温度帯で発生率が急激に上昇することが知られており、報告にもよるが体温30℃未満でVFリスクは明らかに上昇し、28℃未満では自然発生および刺激誘発のVFが顕著に増加。一方で、25℃未満になると、VFよりも高度徐脈や心停止が主体となるとされています。
温度以外ではOsborn波(J波)は再分極異常を反映した波形であり、その存在はVFリスクの上昇と関連することが報告されています。
ただし重要なのは、J波がないからといって安全とは言えないということ。
VFの頻度自体低く、調査研究された母集団でたまたま「こういう母集団が起こしやすく、こういう起こしにくい」と言えただけの可能性は増えるし、臨床的には致死的であり頻度が低くても起きてもらっては困るわけで、低体温患者は極力、愛護的に治療しましょうに終始する。
寒冷地のガイドラインでも「rough handlingを避けること」が一貫して強調されている。
3. 分類は参考にするが、判断は循環で行う
ちと古いのですが、大城和恵先生のreviewの図がまとまっているのでシェアします。
まず冬場触って冷たい人は多いし、救急隊が意外と正常体温かちょっと低いなっていう体温を告げて搬送するケースは意外に多い。
「だって測ったら腋窩35.3度って出たんだもん。」
OK。それでよい。でもERではそれさえも疑い深部温を膀胱か直腸で測る方がよい患者もいるのを頭に置いておいてほしい。低体温の分類として、Swiss staging(HT I–IV)は広く知られているので上記図は一読をお勧めする。
と、まあ、もっともらしいことは述べてはみたものの、身もふたもないことを言うとER初療において、体温は必ずしも正確に測定できず、治療選択に直結しないことも多い。
治療選択、とくに侵襲的加温やECPRの判断は、体温ではなく循環状態を軸に考えるでよい。
「自発循環があるのか。」「それは安定しているのか。」「CPAなのか。」
この思考を整理した方が、ERでは現実的で体温はあとからついてくる情報。
ERではまず「循環があるか、それを保てるか」を見ておかしいなと思えば深部温を測ろう!
でいいと思います。
一般的に健康であれば30℃、高齢や基礎疾患を考えると32℃を下回ると低体温の影響で致死性不整脈が出やすいと言われております。
逆説的にはそこまで至っていない低体温で循環不全の場合は低体温以外に理由が隠れている可能性があります。
・Osborn JJ — Am J Physiol, 1953 ・Rankin AC, Rae AP — BMJ, 1984
・Danzl DF, Pozos RS — N Engl J Med, 1994 ・Walpoth BH et al. — N Engl J Med, 1997
・Brown DJA et al. — The Lancet, 2012 ・Higuchi S et al. — Circ J, 2014 ・Okada N et al. — Circ J, 2020
・Watanabe M et al. — Scandinavian Journal of Trauma, Resuscitation and Emergency Medicine, 2019
【どこで計測した体温を指標とするか?】
➀食道温(可能なら第一選択)
②膀胱温(実用的)
③直腸温(トレンド用)
④鼓膜・皮膚温(判断には使わない)
僕はだいたい膀胱温を使っていることが多い。尿量は重要であるし、一石二鳥と考えてと施設で温度センサー付きの尿道カテーテルがあるからってのが大きいですが。
食道温はもちろん、心臓の近くだし、指標としては下部食道であれば最もよい。
直腸温ウンコは温まりにくく復温がどれくらい進んでいるか反映が遅れることが言われている。測るなら「すみません。頑張って10-15cm以上は直腸温プローブ挿入して!」ってお願いする。
4. 復温方法
低体温診療で最も危険なのは、悪意ではなく善意。
つまり復温方法の「よかれと思って」が凶と出るか吉と出るか?である。
WMSやICAR系レビューも、循環が保たれる症例では外部復温中心、循環不安定や心停止では侵襲的復温(特にECLS)を軸に置く流れを繰り返し強調している。
1) まず「適応」を3つに切る:安定・不安定・心停止
【安定】目標は「ゆっくり確実に」。温風式加温などの能動的外部復温を主軸にしてよい。Brownらの総説(NEJM)でも、温かい環境+温風・加温ブランケット+38–42℃の加温輸液などを“active external / minimally invasive”として位置づけている。
【不安定(低血圧、ショック、重症)】復温が低体温そのものの合併症(不整脈、凝固障害、循環破綻)に追いつかれやすい。こういう症例で侵襲的復温(内部復温、血管内復温、場合によってはECLS)に早めに寄せる考え方でよい。
【心停止】話が別で、復温は「温める」ではなく循環を作り直しながら温度を上げる行為になる。
ここでは、
・あきらめるべきか?
・ECLS(VA-ECMO)か?
の2択。
2) 復温方法ごとの「メリット・速度」
復温速度は研究や条件で幅があるので、目安を書くけど、患者が震え(自力熱産生)られるか?濡れてないか?などや単一復温が基本的にはなされないので注意して参考程度にお願いしやす。
(A) 受動的外部復温(毛布・断熱・室温)
- 適応:軽症、循環安定、自己発熱が期待できる患者(32℃くらいまでなら震えれる。)
- メリット:最も安全、設備不要
- 0.5〜2.0℃/h 程度の復温が見込まれる。軽症では第一選択(WMS)SAGE Journals
(B) 能動的外部復温(温風式加温、加温ブランケット等)
- 適応:軽症例も適応していいと思うが中等症で循環がまだ保てている症例としている文献も。
- メリット:導入が早い/侵襲がない/ERでしやすい
- 1.5〜2.5℃/h前後(研究条件だと2.4℃/h)
末梢血管拡張→afterdrop、刺激による不整脈誘発(特に重症域)。循環が保たれている限り中心戦略(WMS/Paál)SAGE Journals
(C) “最小侵襲の内部復温”としての加温輸液(38–42℃)
- 適応:脱水・ショック併存、外部復温と併用となろう。
- メリット:循環支持
- 42℃の晶質液を“30 mL/kg”投与すると、低体温患者のコア温を約0.2〜0.8℃上げる
輸液バックごと加温した輸液も流速がゆっくりだとルート内で冷まされるし、逆にウォーマー使用の場合は流速が早いと温まらずに血管内に到達して対して加温輸液ではない可能性もある。単独で体温を大きく上げる力は小さい(「復温」より「循環」)PMID: 33136530
Accidental Hypothermia | New England Journal of Medicine
(D) 体腔内洗浄(胃/膀胱/腹腔/胸腔)・血管内復温デバイス
- 適応:外部復温だけでは追いつかない不安定例、ECLSまでの“橋渡し”
- メリット:外部より速い/選べる施設では武器
- 侵襲、手技・施設依存。エビデンスは微妙か(レビューで位置づけ確認が安全)
(E) ECLS(VA-ECMO):最速かつ心停止でも有効
- 適応:心停止、または重症で外部/内部復温に反応しない循環不全
- メリット:循環と酸素化を同時に再建しつつ復温できる(“復温+蘇生”)
- ECMO群で最初の数時間の復温が約2℃/h台と報告されている研究もある(施設プロトコルに依存)(IQR 1.5〜4℃/h)https://doi.org/10.1111/acem.14585
ECLS中の目標復温速度は≤5℃/hが推奨される(急速すぎる復温の弊害回避)。DOI: 10.1097/MAT.0000000000001518
復温イメージ
正常な体(薬物や感染症など背景のない低体温や主因が寒冷暴露)の場合、
●毛布・断熱・室温➡1℃/hr
●温風式加温、電気毛布➡1.5℃/hr
●加温輸液は速度によるが➡最初の1時間に1L投与するとして➡0.5℃/hr
*熱損失の上乗せを防ぎ、循環を支える。体温上昇は他の手段(外部復温等)と合算!
●ECLS中の復温速度➡2℃/h むしろ5℃/hr以内で復温を。
僕のERのプランとしては基本、
電気毛布で挟み込み+温かい湯たんぽなんかで大腿や腋窩を温める+加温輸液も脱水を鑑みて投与する。徐脈でも循環が保たれていれば放置、ペーシングなんてもってのほか。気管挿管も窒息や低酸素がなければ極力しない。嫌な予感がすれば早々に大腿動静脈にシースを留置しておき、ヤバければECMO。CPA症例はもちろんECMO。心静止は・・・うーん。後述。
3) 「速度」は早いほど良いのか:答えはNo(とくに自発循環あり)
復温速度を上げれば“良いこと”しか起きない、は誤解で、むしろ自発循環がある症例では、復温そのものが不整脈や循環変動の誘因になり得るので注意を。
ガイドラインは、安定例は外部復温中心、危ない例は侵襲的復温へ、という「速度より安全性」の記載が目立つ。さらに、復温速度と予後の関係を検討した研究もあり、単純に“速ければ死亡が減る”とは言い切れない現実(患者背景と重症度が強く絡む)。
1️⃣ Afterdrop(復温後低体温)の増悪:急速な外部復温で末梢血管が一気に拡張すると、末梢に滞留していた冷たい・酸性・高K血が中枢へ一気に戻る
➡深部温がさらに低下、循環不全の悪化、致死性不整脈の誘発
2️⃣ 致死性不整脈(VF)の誘発:急激な体温変化、末梢血の急速な還流が加わると、VFが誘発の可能性。あとカテーテル挿入時などにガイドワイヤーの刺激でVFが起きる可能性
3️⃣ Rewarming shock(復温ショック):末梢血管拡張、相対的循環血液量不足顕在化
➡血圧低下、心拍出量低下、乳酸上昇
4️⃣ 電解質異常の顕在化(特にK⁺):低体温による細胞内外の電解質分布が変化、腎排泄も低下
➡復温により、細胞外へのK⁺移動、代謝回復に伴う酸性血の還流➡急激な高K血症
5. 低体温ECPR:適応より除外を考える
低体温におけるECPRは、「やれば助かる」治療ではない。低体温(<35℃)ではあるが30~32℃程度まで循環の破綻を起こすことは比較的少ないので、そのレベルでのVF含めた心停止状態の場合、何か重篤な状態からの心停止の可能性があり、純粋な低体温ECPRの適応かは注意する。
つまり、32℃以上の軽度低体温で心停止している場合はECPRが適応しにくい疾患を念頭におく。
寒冷地のガイドラインでも、適応よりも除外基準の明確化が強調されている。
年齢、原因(とくに窒息や外傷)、CPRの質と時間、重度アシドーシス。これらを総合して、「やらない」理由を言語化できることが重要である。
➀不可逆性:頭部破壊、胸腹部致死損傷、体幹切断、硬直や死斑のある心静止など
②雪崩埋没で気道閉塞が長時間、溺水で長時間の低酸素:脳障害で予後不良
③到着時血清Kが極端に高値
【雪崩+低体温】K⁺ ≥8 mmol/L【それ以外の低体温患者】 K⁺ ≥12 mmol/L
④心静止+低体温(教科書的には死亡診断すべきでないとされている)はあくまで経過、条件次第。疾患、目撃、バイスタンダー、年齢、ADLは勘案すべきだろう。
*年齢単独では除外できない:frailty、併存疾患、CPR耐性、ACPで明確な拒否の有無。
【低体温患者のECPRの適応について考える時の僕】
この低体温患者は寒冷暴露が一次原因か?
外傷・窒息/溺水(低酸素)・K⁺ ≥10(カットオフはここららへん目安)は?
灌流が保たれていた可能性は?➡CPRの有無、目撃、波形がPEA、VFが残存。
本人、家族の意向で拒否がないか?➡適応ありで迷っている場合は行うほうがいいのでは。
【患者家族、医療者の心情に対して】
●勉強してやらない理由を複数、説明できるようにしておく。「やったら助かったかもしれない?」に対してNOと言える根拠。「○○だからやらない」ではなく「○○だからやっても、結果が変わらない」が重要。
●施設としてECPRをできるようにしておく。できなかったのではなく、しなかったが重要。
おわりに
低体温は、特別な病態ではあるが、やることはシンプルな病態。
病態生理に立ち返れば、判断は整理できる。原因を精査する。循環破綻+30-32℃以下だと体外循環で蘇生を検討。
低体温診療に必要なのは整理された思考です。本稿が、そのための一助になれば幸いである。

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