甲状腺クリーゼ ~見逃さず、治療につなげよ~

ER

先日夜のこと、勤務が終わり、救急外来に寄り道すると同期の消化器内科医が

同期
同期

なあなあ、会社の懇親会でお酒を飲んだ後、トイレに行こうとして失神した44歳の男性なんだけどね・・・。

八木先生
八木先生

うん。心電図、血液検査で問題なければ病歴的にNMS(神経調節性失神)かなあ。。。

同期
同期

普通そうよな。でも酔うほど飲んでないって触れ込みなのに、本人に状況を2回説明しても「ここ病院ですよね?何病院ですか?」とか聞いてくるし。概ね正常なんだけど少し意識が変なんよね。熱も38℃、脈も130bpmと早いし。おまけに、甲状腺機能亢進症の薬飲んでて。今日は薬飲んでないみたいなんやけど。クリーゼとか恐いなって。

八木先生
八木先生

確かに、ありうるな。。。甲状腺機能測ってみるか。
(うちの病院、夜間に甲状腺ホルモン測れないけど技師さんに無理言って測ってもらうか)

結果、甲状腺ホルモンは上昇し、THSは低下していたとさ。。。という実話。

甲状腺クリーゼを見落とさない!

薬を怠薬した中年女性が多い?

基礎疾患があった場合、ほぼBasedow病である。またクリーゼの8割が既にBasedow病の診断がついているため「治療のアドヒアランスが悪い」Basedow病患者のイメージとなる。
逆にいうとクリーゼをきっかけに診断されるBasedow病患者もいるとのこと注意ではある。
言わずもがなであるが75%が女性で構成される疾患であり、40歳代に多い。
10%の致死率を誇る疾患であり「40代、女性、バセドウ病の既往で体調が悪い」場合は見逃すべからず、である。

Akamizu T et al:Thyroid 22:661‒679, 2012

症状は中枢神経症状、発熱、頻脈、心不全症状、消化器症状

図1では診断基準の概要を記した。症状だけでは特異的なものはなく、高齢者の甲状腺クリーゼは症状が目立たないこともあるという。僕は自験2-3人の診療歴ではあるが発熱、頻脈、下痢、意識障害がある女性であった。クリーゼの他にも似たような症状を呈す重症な疾患との鑑別が必要となるためこれまた難しい。この夏の時期に熱中症に混じって搬送されてきた日にゃあ、たまったもんではないというのが正直なところではあるが、腕の見せどころとなる。この5項目のうち意識障害の比率はやや高いとされる。またBasedow病+感染、+外傷、+心筋梗塞などもあるため並行して診断、治療へ進める必要があるわけですね。
確定診断には甲状腺ホルモンの計測が必須となるが、当院のように夜間休日に甲状腺ホルモンを計測できない悲しい病院は臨床症状、経過から疑い治療を検討すべきである。

図1. 甲状腺クリーゼ疑いの診療

急性期の戦い方!

考え方は甲状腺クリーゼで起きていることを抑えようというコンセプト。
・甲状腺ホルモンの産生と分泌⇧ … 抑えよう
・T4 → T3 の変換⇧ … 抑えよう
・甲状腺ホルモンのカテコールアミン作用⇧ … 抑えよう

甲状腺クリーゼの疑い・確定例の治療は全身管理のもと抗甲状腺薬、無機ヨウ素、ステロイドの投与が3本柱。甲状腺中毒症による頻脈、発熱に対してβ(β1 )ブロッカー、冷却とアセトアミノフェンの使用が重要な補助的治療となる。
更に背景の甲状腺クリーゼの誘因となった疾患(感染症、心筋梗塞、外傷など)の存在を考え治療せねばならんです。。。

抗甲状腺薬(プロピルチオウラシル:PTU、チアマゾール:MMI)

プロピルチオウラシル(PTU)、チアマゾール(MMI)どちらもホルモン産生を投与後数時間で抑えてくれる。MMIの方が産生抑制が強い、PTUは末梢組織での T4 →T3 変換も抑制してくれるとの特徴があり、双方急性期は良い適応かなとは思っている。妊婦さん、授乳婦さんはPTUですね。
投与量、間隔の推奨は文献により差はありますが、結構な量を6-8時間ごとに投与することとなります。
副作用:皮疹、無顆粒球症(1%未満、PTU、MMIのスイッチはあまり推奨されない。用量依存、数カ月以内に発症することがある)、肝障害(AST、ALTが通常の2-3倍、1ヶ月以内に改善しないときは中止を検討)。

①チアマゾール(メルカゾールⓇ錠)5mg 12錠 分3-4 60mg/day 経口
経口摂取が困難、消化管機能不全▶メルカゾールⓇ注(10mg/1mL/A)30mg/day

②プロピルチオウラシル(プロパジールⓇ錠50mg、チウラジールⓇ錠50mg)
・12錠(600mg/day)分3 経口(2017年: 本邦ガイドライン) 
・ローディング10錠の後 250mg 4時間毎 経口 分4(欧米文献)
*妊婦、授乳婦に適応。

無機ヨウ素

無機ヨウ素は最も即効性が期待できる。T3、T4の分泌抑制が可能となる。機能亢進しているのに材料のヨードを入れると産生が増えるやん、だから初回投与のタイミングは抗甲状腺薬投与して産生抑えてから(投与1時間以降)にすべきというのが一般的である。がしかし、日本人の食事はヨウ素過剰なので材料はそもそも多いかつ、有機化抑制の側面から重症例ではので同時投与でよいと言われている。
Ross DS et al:Thyroid 26:1343‒1421, 2016

ヨウ化カリウム丸 50mg 4錠 分4 6時間毎 200mg/day
経口摂取が困難▶内服用ルゴール液 同等量(40滴/day 分3)

ステロイド

相対的副腎不全への補充T4→T3 への変換抑制作用を考慮し副腎皮質ステロイド投与が推奨。

●ヒドロコルチゾン(ソル・コーテフⓇ注)
初回 200mg 8 時間毎に 100mg 静注(300mg/day)
●デキサメサゾン(リンデロンⓇ注) 8時間毎に2mg静注(8mg/day)
まず3日程度投与し経過をみるがいいか。

β(β1 )ブロッカー・Caブロッカー

内因性カテコラミンの作用抑制、T4→T3の変換抑制が目的。
インデラル 1A 2mgを生食で希釈して1mg/分以上かけて効果を見ながら数A投与などという治療も言われていたが最近はランジオロール(オノアクトⓇ注)が使いやすくていいのかなと思っている。インデラルを静脈注射して心停止に至った症例を遠目で見たことがあり、循環不全(心不全など)症例にはどの薬であろうとモニタリングしながら少量から投与することがいいのではと個人的に思っている。インデラルはβ2刺激作用もあるので喘息既往などの場合は投与すべきでない。

● プロプラノロール(インデラル®):40~80 mg を 4 時間毎に経口投与
                 インデラル®注 2mg/A 6 時間ごとにゆっくり静注
● ビソプロロール(メインテートⓇ錠)5mg 1 錠分1
● 重症例⇨ランジオロール(オノアクトⓇ注)、エスモロール(ブレビブロックⓇ注)
● 喘息などある場合は⇨ジルチアゼム(ヘルベッサー®)、ベラパミル(ワソラン®:陰性変力作用が難あり)

胃粘膜保護薬:胃粘膜障害のリスクが上がる。
● けいれんに対して:低血糖、Vit B1欠乏を考慮し補充(50%ブドウ糖、チアミン)、ジアゼパム投与→ホストイン投与→痙攣持続:全身麻酔検討
● 炭酸リチウム:2nd、3rdラインではあるが先述の治療薬にアレルギーがある場合などはリチウム投与で分泌抑制も考慮(安全域は狭い)。例:炭酸リチウム:300 mg を 6 時間ごとに経口投与(適宜血中濃度測定し1 mEq/L を目安に)
冷却、アセトアミノフェン:NSAIDs(アスピリン含む)は使用しない(ホルモンとタンパクの結合を抑制する→Free T3増加→クリーゼ増悪)

【これらの十分量の薬物治療を行っても24~48 時間以内に病状の改善を認めない場合】
血漿交換(PE)持続的血液濾過透析(CHDF)を考慮する(Basedow 病以外の甲状腺クリーゼに対しても有効)
●甲状腺全摘出術・亜全摘出術

甲状腺疾患の治療へ

甲状腺クリーゼの診断と治療ガイドライン(第1版) 診療ガイドライン2017 編集:日本甲状腺学会・日本内分泌学会

治療強度の減量に関して、free T3、T4を3-7日毎に測定して(急性期はTSHは指標にしない)、
正常化すればヨード剤中止(中止後の増悪も頭の隅に)→抗甲状腺薬漸減、もしくは2-3週間たってから抗甲状腺薬減量していく。
ステロイドに関しては漸減であるが、とりあえず3日程度でよいことが多い(30時間後でreverse T3最低値となる)。慎重にするのであれば早朝のステロイド投与前のコルチゾール測定で正常範囲であれば中止でOKであろう。

バセドウ病の薬物治療

臨床症状とTRAb(TSAb)で診断がついた場合、チアマゾール(MMI:メルカゾールⓇ錠)を内服開始する(妊娠初期:器官形成期15W6Dまではプロピルチオウラシル(PTU:プロパジールⓇ)。添付文書は30mg 分3 であるがfree T4 ≧ 5 ng/dL: 30mg/day、free T4 < 5 ng/dL:15mg/dayとより少量からの投与を検討される(副作用は用量依存)(cut off 7の文献もあり:赤水尚史.甲状腺中毒症の治療. バーチャル臨床甲状腺カレッジ)。
【ホルモンチェックのタイミング】
①最初は2~6 週間隔
②甲状腺機能が正常範囲に入ったら 4~6 週間隔
→抗甲状腺薬漸減:MMI 5 mg/日・隔日 or PTU 50 mg/日・隔日まで減量後はこれを維持量とする。
③維持療法中: 2~3 カ月ごとに TSH、free T3、free T4が正常範囲にあることを確認。
④甲状腺機能が 6 カ月以上正常 → 休薬を検討(TRAb再度確認陰転)
⑤抗甲状腺薬中止後: 半年間は 2~3 カ月おきに確認→問題なければ半~1年おきに確認。

抗甲状腺薬の副作用

亜急性甲状腺炎の治療

先行する上気道感染、甲状腺腫、発熱、頸部痛、甲状腺ホルモン値上昇、(CRP上昇)が急性期の臨床像。
β遮断薬による甲状腺中毒症状の緩和、中毒症状がほぼない場合はNSAIDsによる対症療法のみ。NSAIDs が効かない場合にはプレドニゾロン 15~40 mg/日を 1~4 週間投与し徐々に漸減する(量は文献により異なる)。プレドニン投与の場合は48時間以内に全症状が消失することが多い。数週間後に甲状腺ホルモン値の低下が起こり、補充療法が必要になることもあるのでfollow upを。

最近出産歴がある場合には出産後甲状腺炎、無痛性甲状腺炎の場合、薬剤暴露を確認(アミオダロン、IFN-γ、抗がん剤:免疫チェックポイント阻害薬(抗 PD-1 抗体,CTLA-4 抗体など))。

まとめ

典型的な症状から甲状腺機能亢進症、クリーゼを疑い治療を開始すべきである。その際に重症な感染症など他の鑑別を怠らないようにする。治療は抗甲状腺薬、無機ヨウ素、ステロイドの投与。β(β1 )ブロッカー、冷却とアセトアミノフェンも検討を!
では!

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