山歩きにハイキング、そして家族で楽しむキャンプ。自然を楽しむ季節になると、急増するのが“虫の事故”だ。その中でも、救急外来で医師が見逃せないのが「マダニ」による咬傷である、むしろ刺傷。
普段、都心部で働いているときはそこまで多くはお目にかからないのだが、少しのどかな風景広がる土地で働く時はちょこちょこ受診がある。
昨日も仕事先の救急外来で「昨日から太ももに小さな血豆ができたと思ってて消毒してたんだけど。娘がマダニだって。よく見たら虫なのよ。」っておばあちゃんが受診された。
マダニは、小さな吸血性節足動物─そう一言で片づけられるが、その実は国内にはおよそ50種類ものマダニが生息しているらしい。しかも、その分布はもはや“自然の中”にとどまらず、都市部の公園や河川敷にまで拡大しているとか・・・。
マダニの生態 ~見えない敵の戦略~
マダニは、幼虫・若虫・成虫すべてが吸血するらしい。
咬むというよりは皮膚に顎を差し込み、チューチュー。その刺入部は、鋸歯状の口下片(hypostome)と呼ばれる構造で深く刺さり、マダニの唾液によってセメントのように固められる。そのため、患者が気づいたときには既に“がっちり”固定されており、素手で引き抜くことは難しい。
吸血時間は数時間から数日─最長で2週間近くに及ぶこともあり、飽血状態になると自ら脱落する。
好発部位は、衣類の隙間から入り込むような部位で腋窩、鼠径、腹部、耳の裏、さらには小児では頭皮に刺入するケースも少なくない。
こいつの厄介なところは病原体を保有していた場合、唾液腺物質を注入するときに感染症を媒介すること。だがその発症確率は極めて低いといわれている。基本、急がないので日中に受診してくれたらいいんだけど、虫がついているのわかっててそのまま放置して翌日ってのは患者さんとしては嫌ですよね。分かります。医学的にも感染症リスクは吸血時間が長い方が高くなるので除去は早めっというのは間違いではない。
【診断】ERに現れるマダニ刺症
患者が「黒いできものが取れない」「ほくろが動いた」などと言ってきたら要注意。
タカサゴキララマダニ(西日本に多い)などに刺されると、吸血部位を中心に5cmを超える紅斑を形成することがあるので分かりやすい。これは「Tick-Associated Rash Illness(TARI)」と呼ばれ、Lyme病に特徴的な遊走性紅斑と誤認されることがある。
TARIは非感染性の遅延型アレルギー反応とされてるのでステロイド外用など自然軽快するので知っておくといい。誤って抗菌薬を処方したり、逆にLyme病の初期症状を見逃したり・・・「紅斑を見て何を思うか」は、救急医の“目の経験”が問われる瞬間である。
ちなみに私はヤマトマダニもシュルツェマダニもタカサゴキララマダニも顔見知りではないので見分けられない。
【治療】マダニ除去と媒介性感染所
【マダニ除去の原則2つ】

マダニの除去には、2つの原則がある。
➀ 腹をつまんでマダニを潰さないこと:体内の病原体が逆流して皮膚内に入る可能性がある。
② 口器が皮内に残らないようにすること:炎症や硬結、感染のリスクが高まる。
理想は、局所麻酔のうえで口器ごと皮膚ごと切除(パンチバイオプシーなど)する方法だけど、私は麻酔なし細いピンセット(異物鑷子など)で口器基部を掴み、ゆっくりと回転させながら引き抜くことが多い。垂直に引き抜くって説明する教科書が多いけどここはちょっと自己流かもしれない。
刺されて3日くらい経ってると固まって硬結して抜けないらしいので皮膚ごととることになるだろうが幸い今のところ私は無事、口器を残さず除去できている。
【闘うのはマダニではない ~マダニ媒介性感染症~】
マダニに刺された全員が感染するわけではない──むしろ大多数は感染しない。
だが、注意すべき感染症は確かにある。
疾患 | 病原体 | 潜伏期 | 主要症状 | 備考 |
日本紅斑熱(JSF) | R. japonica | 2-8日 | 発熱、発疹、刺し口 | 西日本中心、治療はテトラサイクリン系 |
ライム病(LD) | Borrelia spp. | 3-30日 | 遊走性紅斑、神経・関節症状 | 北海道・中部山岳に注意 |
SFTS | SFTSウイルス | 6-14日 | 高熱、消化器症状、出血傾向 | 致死率最大30%、CRPは低め |
ダニ媒介性脳炎(TBE) | TBEウイルス | 数日-2週 | 発熱、頭痛、髄膜刺激 | 北海道で報告、極めて稀 |
診断には、症状・潜伏期・流行地域の3点セットで臨むこと。
【ライム病と日本紅斑熱 ~予防的抗菌薬は「条件つき」の武器~】
ライム病のリスクが高い状況では、予防的抗菌薬が考慮される。
Zhangらの2021年のメタアナリシスによると、下記の条件をすべて満たせば、ドキシサイクリン(成人では200mg,8歳以上の小児では4mg/kgから最大200mg)単回投与が有効とされる:
●Ixodes属(シカダニ)であることが確認されている
※ここは日本には当てはまらない。マダニで良いと思う。
●マダニの充血の程度や曝露時期から推定して付着時間36時間以上付着していたと思われる時
●マダニ除去後、72時間以内に投与可能
●Borrelia感染率20%以上の地域
ただし、日本でこの条件をすべて満たす症例はまれ。なので、「見つけたから即抗菌薬」は慎むべきであり、「感染の兆候が現れてから」の開始が現実的対応かなとは思う・・・。
日本紅斑熱に関しても比較的多いとされる三重県でも保菌は3%であり、これも予防を推奨しにくい。
Rickettsiae in ticks, Japan, 2007–2011. Emerg Infect Dis. 2013 Feb;19(2):338-40.
でも心配になるのが、人間の性、患者さんと相談しつつ対応かなと思います。
【α-Gal症候群──肉が食べられなくなる未来?】
マダニ刺傷後に獣肉(牛・豚)でアナフィラキシーを起こす「α-Gal症候群」も知られるようになってきた。
これは、マダニ唾液中の糖鎖α-Galに対するIgE感作により、肉類に対する遅発性アレルギーを起こす病態で、セツキシマブなど特定抗体薬でも発症が報告されている。頻度は高くないが、林業・農業従事者では要注意の病態である。
医師ができること──「慌てず、見極め、支える」
マダニに刺されたことで患者は恐怖を感じている。だが、救急医としての私たちにできることは明確だ
──冷静に除去し、
──感染症のリスクを見極め、
──患者の不安に言葉で応えること。
──抗菌薬を出すか否かではなく、
「あなたの不安に、私は科学で向き合います」そのスタンスが信頼になる。
マダニは怖い。でも、正しく恐れれば、大丈夫。
救急の現場に“季節性”はある。でも、医療の誠実さに“季節外れ”はない。なんちゃって。
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