【本シリーズ】
- 適応と禁忌を瞬時に見抜く判断フレーム+準備
- セリディンガー法&超音波ガイド下の手技
- CLABSI/CRBSI ゼロを目指す感染制御バンドル
・合併症を“診断”ではなく“予防”するアプローチ
・小児・ECMO・PICC など特殊症例の勘所
1. 適応と禁忌 ―「とりあえず入れる」はもう卒業。
中心静脈カテーテル(CVC)の挿入において、「どの患者に・どんな目的で・どこに入れるのか」という適応判断は、手技の巧拙以上に重要。CVCは侵襲的かつハイリスクな手技であり、適応を誤れば「必要のない侵襲」「CLABSI」「動脈損傷」などのリスクが待っている。
1.1 中心静脈カテーテルの主要な適応
以下に示すのは、日本麻酔科学会・StatPearls 総説・Critical Care review に基づく実臨床での適応 👇
適応カテゴリ | 具体的状況 | 補足 |
---|---|---|
高浸透圧・血管毒性薬剤の投与 | 昇圧薬、高K補正 | 末梢静脈では血管炎・壊死リスク |
CVPモニタリング | 敗血症、低灌流、術中管理 | CVPそのものは非推奨(→トレンド+臨床所見) |
緊急アクセス・迅速輸液 | ショック、心停止、外傷 | 14–16Gクラスの大内径ラインが必要 ただし、心停止は骨髄針など優先か。 |
長期輸液管理(>7日) | 高カロリー輸液、癌性疼痛緩和など | 感染リスクを考慮しPICCやポートも検討 |
💡CVラインが「なぜ必要なのか」「末梢ルートで代替できないか?」を問うことが、最初の“患者安全”。
🔍 補足:CVPモニタリングは推奨グレードが下がっており、CVP値単独の信頼性は低い(GRADE 低)とされている 【3】。
1.2 禁忌事項と穿刺部位の選択基準
【絶対的禁忌】
局所感染(穿刺部位の蜂窩織炎)、明らかな血栓症。
上記くらいでCVCの「絶対的禁忌」は少ないですが、以下のような“穿刺部位ごとの注意点と相対禁忌”は押さえておくことが重要。
穿刺部位 | 避けるべき状況 | 理由 |
---|---|---|
内頚静脈(IJV) | 頸部手術歴、凝固異常、気道閉塞リスク | 鎖骨下より合併症が少なく第一選択だが、出血には注意 |
鎖骨下静脈(SCV) | 鎖骨骨折後・乳癌術後「側」 | 鎖骨下は止血困難。気胸リスクが最大 |
大腿静脈(FV) | 長期使用、可動性の高い患者 | CLABSIリスク高(3倍) |
【相対的禁忌】
出血傾向(INR > 3、Plt < 20k)、穿刺部位直上の腫瘤・血腫、エコーで静脈虚脱し穿刺不能と判断される場合
まず、「この患者にCVラインが本当に必要か?」を4Wで確認しよう。
- Why:何のために?→ 輸液?昇圧?高濃度薬剤?CVP?
- Where:どの静脈が適切か?→ RIJ・SCV・FV・PICC
- When:使用期間は?→ 72時間以内?1週間以上?長期留置?
- What:ルーメン数・太さ・固定法は?→ 1 ルーメン?トリプル?7Fr?カフ付き?
📚 引用文献一覧
- 日本麻酔科学会. 安全な中心静脈カテーテル挿入・管理のためのプラクティカルガイド. 2017. PDF
- Keisuke Sato et al. Central venous catheter insertion: Review of recent evidence. J Infect Chemother. 2021;27(5):760–6. PubMed PMID: 33742573
- Pronovost PJ et al. Guidelines for the prevention of intravascular catheter-related infections. Crit Care Med. 2017;45(6):e495–e521. DOI: 10.1186/s13054-017-1814-y
- StatPearls. Central Venous Catheter Insertion [Internet]. NCBI Bookshelf. 2023. Link
- 名古屋大学附属病院. 中心静脈カテーテル挿入マニュアル. PDF
- Liu C et al. Clinical practice guidelines for the management of central venous catheter in critically ill patients. J Emerg Crit Care Med. 2023;7:14. PDF
2. 解剖と穿刺部位の選択 ―「合併症リスクが少ない静脈を選ぶ」
CVC挿入の次の一歩は「どの静脈に入れるか?」。これは“合併症発生率”に直結する重大な決定。StatPearlsやCritical Care誌、国内のJSAプラクティカルガイドはいずれも、「解剖と生理をふまえた部位選択が予後を左右する」と繰り返し述べている 【1-4】。
2.1 基礎解剖(イメージを描けるか)
① 右内頚静脈(RIJ: Right Internal Jugular)
- 特徴:頸動脈の外側を走行。直径が太く、体表から浅く位置する。
- メリット:エコーガイド下での可視化が極めて良好。穿刺成功率・合併症リスクが最も低い。
- デメリット:頸動脈穿刺リスクあり。血腫が気道閉塞を来す可能性。
🔍 補足:右内頚(RIJ)は左より走行が一直線で心房に入りやすく、カテーテル先端が理想的な位置(SVC–RA junction)に置きやすい【3】。
② 鎖骨下静脈(SCV: Subclavian Vein)
- 特徴:鎖骨下を通る静脈。胸膜と近接しており、超音波でも描出が難しい。
- メリット:外見上目立たず、長期留置でも脱落が少ない。穿刺部位が動きにくく清潔が保ちやすい。
- デメリット:気胸のリスクが最も高い。特に陽圧換気中やCOPD患者では致命的。
📚 文献補足:StatPearlsではSCV穿刺における気胸発生率を「最大6.6%」とし、エコー未使用では特に注意【1】。
③ 大腿静脈(FV: Femoral Vein)
- 特徴:鼡径靭帯直下、動脈の内側に走行。エコー描出が容易で緊急時にも使いやすい。
- メリット:体位・呼吸の影響を受けにくく、穿刺しやすい。
- デメリット:感染リスクが最も高い(CLABSI率 3倍)、脱落・閉塞も多い。
📚 文献補足:米CDC/IDSAガイドライン(2017年)は「可能であればFVを回避せよ」と明言。特に長期留置が想定される場合、感染リスクから第一選択にはしない【2】。
2.2 どこに入れるか迷ったとき穿刺部位の選び方:比較表
項目 | 内頚静脈(IJV) | 鎖骨下静脈(SCV) | 大腿静脈(FV) |
---|---|---|---|
合併症 | ◎ | 〇 | △ |
気胸リスク | 低(0.1–0.2%) | 高(2–6%) | なし |
CLABSIリスク | 中(標準) | 低(固定安定) | 高(3倍) |
超音波での描出性 | ◎ | △(骨に邪魔される) | ◎ |
緊急対応 | ◯ | × | ◎ |
長期管理 | ◯ | ◎ | × |
- 急変中・心肺停止 → 末梢 or 骨髄針 → CVC入れるなら大腿 →内頸へ
- 患者状態に時間的余裕あり → 右内頚静脈
- 気胸がある場合は内頸静脈、鎖骨静脈の健側を刺さない。
- 人工呼吸器患者(陽圧)、るい痩、COPD患者は鎖骨下を回避する。
- 長期TPN・在宅療養見据え → 鎖骨下またはPICC
📚 引用文献一覧
- StatPearls – Central Venous Catheter Insertion
超音波描出性、合併症頻度、部位ごとの安全性について網羅的。特にSCVにおける気胸リスクを詳細に記載(最大6.6%)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK557798/ - Guidelines for the prevention of intravascular catheter-related infections – Crit Care Med 2017
CLABSIの部位別発生率、感染バンドル推奨、FVのリスク明記。CDC・IDSA連名 https://ccforum.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13054-017-1814-y - JSA プラクティカルガイド(日本麻酔科学会)2017年版
RIJ推奨理由、右内頚の直線性と静脈径、解剖図解あり https://anesth.or.jp/files/pdf/JSA_CV_practical_guide_2017.pdf - Liu et al. JECCM 2023 – Clinical practice guideline for CVC in critical care
部位ごとの臨床的選択基準を明文化。RIJ first、FVは必要最小限に、PICCの推奨条件など具体的 https://cdn.amegroups.cn/journals/aoj/files/journals/32/articles/4357/public/4357-PB19-2879-R7.pdf
3.前準備と感染予防
なぜ“準備”で勝負が決まるのか?
CVC関連感染は、医療関連感染の中でも予防可能性が高いって言われている。患者安全推進協議会(JCQHC)やCDCガイドラインは挿入時の感染対策を「ケアバンドル」として標準化し、特に“無菌操作”の徹底と人的ミスの削減が重要としている【1, 2】。
3.1 マキシマルバリアプリコーションとは?
マキシマルバリア(MBP)とは、“手術室レベルの無菌環境”を挿入時に実現するための具体的対策で、以下5点を実施することを推奨【1】
項目 | 内容 | 備考 |
---|---|---|
手指衛生 | 手洗い+アルコール擦式消毒 | 開始直前まで清潔を保つ |
マスク・キャップ | 挿入者+助手ともに装着 | 咳・飛沫による汚染防止 |
滅菌手袋・ガウン | 非穿刺手も滅菌状態 | 介助者も対象 |
滅菌ドレープ | 胸部全体+頭部側まで覆う | 穿刺部位周囲30cm以上カバー |
無菌物品 | 滅菌キット、リール、超音波プローブカバー等 | 全て事前確認 |
📌 根拠:米CDCガイドラインでは、MBP未使用で挿入した場合、CLABSIリスクが2–4倍に上昇することが示されています【2】。
日本ではここは守られてるだろう。たぶん。
3.2 皮膚消毒剤の選択:クロルヘキシジンアルコール vs ポビドンヨード
近年のメタアナリシスでは、クロルヘキシジンアルコール(CHG)がポビドンヨードに比べ、CLABSI発生率を有意に抑制することが示されてる【3】。特に:
- 消毒後の乾燥時間(>30秒)を守ること
- 「内外スパイラルで2往復以上」を原則とすること
が感染率低下に直結する。
3.3 装着物・備品一覧
分類 | 備品例 | 備考 |
---|---|---|
無菌用品 | 手袋、ガウン、ドレープ、プローブカバー | ドレープは可能な限り全身覆う |
機器・薬剤 | 超音波、カテキット、CHG、局所麻酔薬 | 挿入深度マーカー・注射器も事前準備 |
固定・記録 | 皮膚固定用ドレッシング、日付ラベル | 留置時間管理の必須項目 |
3.4 チェックリスト導入のすすめ
JCQHCの「中心静脈カテーテル挿入時チェックリスト」:実際の多施設調査で合併症発生率を有意に低下させたことが報告されている【1】:
- 患者情報・適応確認
- 血小板・凝固状態チェック
- MBP・無菌確認
- 穿刺部位確認とマーク
- 術後確認:X線・ドレッシング・サイン記入
🔍 補足:チェックリストの有効性は「内容」よりも「使い方」に依存する。記録のためのチェックではなく、声に出して“読み上げる文化”を導入せよ!
🧠ある救急医の頭ん中なんやかんやでクロルヘキシジンアルコール何ですかね。ポビドンヨード使っているところ多いですが。MBPはしてますよね。
📚 引用文献一覧
- 患者安全推進協議会. 中心静脈カテーテル挿入時チェックリスト. 2020年. PDF
- O’Grady NP, Alexander M, et al. Guidelines for the prevention of intravascular catheter-related infections. Clin Infect Dis. 2011;52(9):e162-e193.
- Maiwald M, Chan ESY. The forgotten role of alcohol: a systematic review and meta-analysis of the clinical efficacy and perceived role of chlorhexidine in skin antisepsis. Antimicrob Resist Infect Control. 2012;1:22.
✅ セクション末チェックリスト
- 適応・禁忌の再確認は済んだか?
- マキシマルバリアプリコーションが整っているか?
- CHGでの消毒を乾燥時間込みで実施したか?
- 使用機材を事前に確認・展開したか?
- チェックリストを読み上げ、確認者を明示したか?
“なぜ挿すか”が定まれば、次は“どう挿すか”。
次回はセリディンガー法と超音波ガイド下CVC手技の「鉄板ステップ」を、解剖とエビデンスで紐解きます。
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