プロローグ:薬より地味?されど、重要「透明な治療」
ICUにおける治療の主役は、昇圧薬、抗菌薬、ECMO、CRRT…。だがその影で、確実に患者のアウトカムに影響を与えている「透明な治療」がある。
──そう、栄養。
欧州(ESPEN 2023)、北米(ASPEN 2022)、そして日本(JCCNG 2024)といろいろあるけれど、読んでみて参考になるところを自分の勉強のためにも「ガイドラインを実践に落とし込むイメージでシェアします。
1. いつ始める?──早期栄養開始の目安は「48時間以内」
ガイドライン | 早期開始の定義 |
---|---|
ESPEN 2023 | ICU入室から48時間以内のEN開始を推奨 |
ASPEN 2022 | 入室24〜48時間以内にEN開始 |
JCCNG 2024 | 48時間以内のEN開始を強く推奨 |
【実装のポイント💡】
「早期」って早ければいいのか?ここは前提があり“循環安定+腸管の動き回復+意識状態の把握”が整ってから、個別に判断する方がよい。つまり以下のような状況ではEN(経腸栄養)は慎重にすべし。
「ショック状態 or 高用量昇圧薬使用中」「腸管虚血・出血・穿孔のリスク」「誤嚥リスクが高い場合」
2. どれくらい入れる?──カロリーのステップアップ戦略
ESPEN・ASPEN・JCCNG 3者の共通見解:
「最初からフルスロットルはダメ。まずは控えめに、徐々に目標へ」
重症患者さんの急性期は侵襲により交感神経が緊張し、ストレスホルモンや炎症性サイトカインが分泌され、異化亢進がおこきる。つまり栄養が適切に使用できないので少なめに投与しないと過剰になっちゃう。
ではどう考えるか。第一に安静時エネルギー消費量=REE(Resting Energy Expenditure)を考える。
Harris-Benedict式(やや古典)やMifflin-St Jeor式(肥満患者で優先される)などの計算式はあるがそこは計算ツール、成書に譲るとして、簡易法(性別、身長は無視)を覚えておこう。
●簡易法 REE ≒ 20〜25 kcal/kg/日 (肥満患者:理想体重または「調整体重」で計算)
●調整体重 = 理想体重 + 0.25 ×(実体重 − 理想体重) ※理想体重IBW=22×身長2
例:40歳 男性 体重50kg 身長170cmの場合。
Harris-Benedict式=1332.8kcal/day、Mifflin-St Jeor式=1367.5kcal/day
簡易法=1250〜1500kcal/day
例:40歳 男性 体重100kg 身長180cmの場合。
Harris-Benedict式=2070.3kcal/day、Mifflin-St Jeor式=1930kcal/day
簡易法=1962〜2355kcal/day(理想体重71.3kg➡調整78.5kg)
よって、まあ簡易法で概ねOKですね。
【フェーズ別カロリー投与量まとめ】
フェーズ | ESPEN 2023 | ASPEN 2022 | JCCNG 2024 | 実装メモ |
---|---|---|---|---|
Day 0–2 | REE≦70%、15–20 kcal/kg | 15–20 kcal/kg (肥満以外) | 15–20 kcal/kg | 高血糖・呼吸性アシドーシスの回避 |
Day 3–7 | REEの70–100% | 約25 kcal/kg | REEの60–70% | 過剰投与に注意 |
Week 2以降 | 25–30 kcal/kg | 25–30 kcal/kg | 25–30 kcal/kg | 間接熱量測定を使って最適化を |
3. タンパク質はどうする?
ガイドライン | 推奨投与量 |
---|---|
ESPEN | 1.3 g/kg/日を目標に漸増 |
ASPEN | 1.2–2.0 g/kg/日(個別化) |
JCCNG | 1.2 g/kg/日を「弱く推奨」※エビデンス低 |
【実装のポイント💡】
●高代謝状態(例:熱傷、敗血症、ECMO、RRT中など)では1.5〜2.5 g/kg/日の高用量も考慮する。●腎障害やアシドーシスのリスクがありので日々の血中尿素・Cr・尿量でモニタリング。
●「入室から48時間以内にEN開始」は共通の目標。循環安定傾向であること確認!NOMI怖い。
●カロリー
簡易法 REE ≒ 20〜25 kcal/kg/日 (肥満患者:理想体重または「調整体重」で計算)が目標。
最初は15~20kcal/kg/日で初めてだいたい5-7日までには達成したいなと思っている。
基本「血糖値は180mg/dlまでに管理」でしたよね?インスリン投与しながら栄養投与もいいですが、インスリン依存の高血糖状態は過剰のサイン。そのインスリン量はいろいろ(50–70単位/日 とか >1単位/h 持続とか)いわれているが私は2~3単位/hr以上必要なケースは多いかもと減量を考える。
●蛋白質
目標は1.2 g/kg/日「Crは横ばいでも、BUN/Cr比が上昇+尿量低下」「AG非開大性代謝性アシドーシス」してきたら“攻めすぎ”のサインか。高代謝状態では2 g/kg/日を目標。
4.その他の優先栄養素
入り口としてまず重要なカロリーとタンパク質。しかし、それだけでは不十分なわけで。
では、次に考えるべきは何か?
それは──微量元素、ビタミン、腸内細菌叢、免疫修飾因子など、目には見えにくいが、生体にとって“肝”となる栄養。
4.1. 微量元素とビタミン:「見えない欠乏」を見逃さない
ICUで見落とされやすい治療可能な異常。ICU患者は、出血・大量輸液・CRRT・栄養制限などの影響で、微量元素やビタミンの消耗・排泄が加速している。しかし、日常的に測定されないことも多く、「欠乏していても気づかれない」状況がある。自施設ではICU入室時に亜鉛などは最初に測っている。
微量元素(Zn、Cn、Seなど)はやはりメインどころのNa、K、P、Caより対応が遅れるので意識したいところです。
明確な推奨はないが、ICU入室時および14日ごとに亜鉛、セレンなどの微量元素を測定した値が予後と相関してたという研究も・・・
ESPENガイドラインでは重度のビタミンD欠乏患者に対して、入室後1週間以内に50万IUのビタミンD3を単回投与することが推奨(25-ヒドロキシビタミンD<12.5 ng/mL (50 nmol/L)) 。
ビタミンCに関してはEVIDENCE UPDATE #03参照。
栄養素 | 臨床的意義・リスク |
---|---|
亜鉛 | 創傷治癒遅延、免疫低下、下痢、味覚障害 |
セレン | 抗酸化防御、敗血症の重症化リスク |
ビタミン D | ICU入室時欠乏が死亡率上昇と相関(文献多数) |
ビタミンC | 高用量投与は注目されたが、LOVIT試験では死亡率増加の傾向 |
★計測の注意★
亜鉛:偽性低値・・・高CRP血症(高炎症)時、Znは肝内にシフト(acute phase反応)し、血中Zn低下➡実際の全体量は保たれていることも。偽性高値・・・検体の溶血によるZn流出
セレン:急性炎症時、セレン含有酵素(グルタチオンペルオキシダーゼ等)が消費・再合成されないため低下。
CRRT、輸液はZn, Se, VitD, 葉酸, ビタミンCなど多数が除去されるため実際の測定も低値。低Alb血症時、多くの元素、脂溶性ビタミンがAlbなどタンパクに結合しているため(Albが低いと)測定低値が生じる:Zn、Se、VitDいずれも。
肝障害・腸管不全では合成 or 吸収低下で事実セレン・VitD欠乏になりやすい。
よって高炎症、敗血症時は偽性低値となるものあるが偽性か否かは実臨床判断しにくい。CRRTや出血などロスが明白なら補充は積極的にするがよいか。
高齢者、肥満患者、慢性腎疾患や肝疾患患者、吸収不良症候群患者、長期の人工栄養患者は欠乏の可能性を考え、計測する。電解質異常、普段の栄養状態と肝腎疾患が特にメルクマールになるのではないかと考えている。傷あり、敗血症は低値で疑わしきは補充。
📖 参考文献:
Amrein K et al. Vitamin D deficiency and mortality in critically ill patients. NEJM 2014
Heyland DK et al. Trace element supplementation in critically ill patients. Crit Care Med 2021
4.2. プロバイオティクス・シンバイオティクス
ICU患者と腸内フローラの異常
抗菌薬、絶食、ストレスにより腸内細菌叢は病的優位に傾く。
これが腸管バリアの破綻 → 菌体成分の漏出 → 全身炎症を引き起こす。なので乳酸菌とかビフィズス菌とか入れたらいいじゃん!って本当か・・・
人工呼吸器患者のVAP予防・死亡率減少に関連というメタ文献もあれば、逆に有意差なしという”JAMA. 2021;326(11):1024-1033. doi:10.1001/jama.2021.13355”もある。
ガイドライン | 推奨度 |
---|---|
JCCNG 2024 | 感染予防目的で「強く」または「弱く推奨」(菌株・対象により) |
ESPEN/ASPEN | 安全性の観点から慎重姿勢。侵襲性菌血症リスクあり。 |
【実装のポイント💡】
●JCCNGではプロバイオティクスは菌種は検討していないが弱い推奨。オリゴ糖、食物繊維などプレバイオティクスと併用するシンバイオティクスは強い推奨。
●投与量:10⁹ CFU/day 以上が推奨ライン:5×10⁹ CFU/day効果閾値報告も・菌種は議論の余地はあるがミヤBMなら3-6錠で到達。海外の論文でよく使用される菌種(L. plantarum/L. rhamnosus/B. breveなど)は医薬品での採用はない模様。
●注意:重症膵炎・腸管穿孔・重症の腸粘膜障害・中心静脈カテ患者、免疫不全例では禁忌または慎重にという立ち位置もある。腸管虚血や菌血症のリスクがある。
なんかICUの重症患者さんって腸管虚血リスクあり、免疫不全なわけで投与しにくい。菌血症になりやすい菌の株がいるよとも言われており、投与するにグッとくるメリット知見に乏しいなと個人的に。敗血症患者は抗菌薬投与が前提であるので投与ならビオフェルミンR®、レベニン®などか。
機能性表示食品ではL. plantarum、L. rhamnosus、B. breveなど海外で研究対象となっている菌種が含まれるものがある。
実臨床応用をどうするかは議論ありだけど参考までに医薬部外で野村乳業、タカナシ乳業、ヤクルト本社、森永乳業などはチェックしてもいいかも。
小児(NICU)やシンバイオティクスでの実績も出てきている販売元。COIなし(笑)
4.3. 免疫栄養(Gln, Arg, ω-3脂肪酸など)
❌ 期待されつつ、否定された「免疫栄養」の代表格
特に注目されたのがグルタミン(Gln)補充。理論的には、腸粘膜や免疫細胞のエネルギー源として有用とされたけど…REDOXS trial(NEJM 2013)では、Glnを含む免疫栄養がかえって死亡率を上昇→ 敗血症・多臓器不全例では「有害」の可能性があるってことで。
栄養素 | 現在の推奨(ESPEN/ASPEN) |
---|---|
Gln(グルタミン) | ルーチン使用は推奨しない |
Arg(アルギニン) | 一部手術例を除き、免疫亢進によるリスクあり |
ω-3脂肪酸 | 抗炎症は考慮だが、標準使用は否定的 |
魚油由来 n-3脂肪酸(EPA/DHA) | 死亡率への効果は明確ではない→ ARDS、肺炎、敗血症で有効かもしれない。 |
【実装のポイント💡】
Glnは熱傷・術後免疫抑制例では議論の余地あり。だが、基本ICUのSepsis・MODSでは避けるべき。
→ 「Gln=免疫によい」はもはや通用しない。
ω-3は混合脂肪製剤中に含有されていればOKレベル。積極的使用は根拠が薄い。
5. 静脈(PN) vs 経腸(EN)、どちらを選ぶ?
「腸が動かないからTPNしといて」とそんなに単純にPN(経静脈栄養)をするかというと疑問が残る。
現場では経腸栄養できないこともよくあるわけで、腸管に問題がある時や循環動態が安定しない時というのが代表例だけど、じゃあ一体どのタイミングでどこを気を付けて静脈栄養と経腸栄養を選択するかってのがここの論点。
5.1. 基本原則は「腸が使えるなら使う」
ESPEN 2023・ASPEN 2022・JCCNG 2024いずれのガイドラインでも原則は一致。
今更感のある知見だけど再度確認しつつ、ちょっと僕の不勉強を感じた項目。
僕の中で「腸が使えるなら経腸(EN)一択」という強いドグマがあったんだけど、近年は「ENが常にPNより優れている」とは言えないという流れがある。
腸は単なる吸収臓器ではなく、バリア機能・免疫調整・菌叢維持など多くの役割を担っており、使わなければ廃用(gut failure)につながりから、あくまで「優先的に腸を使おう」姿勢は重要。
循環不安定、昇圧剤高用量時などは特に腸管虚血リスクは高まるので慎重に。それでも「trophic feeding(極少量EN)」という概念もあり、現在は施設により判断が違いそう。
外傷や膵炎など初期ENが難しい症例で静脈栄養が有効なケースもあるので病態を把握して考えたい。
5.2. 静脈栄養の適応──“仕方なく”が正しい
では、静脈栄養はいつ使うべきか?
3〜7日以上EN困難が予測される場合はPN併用を検討!
適応の代表例(ESPEN Practical Guideline 2023 より)
状況 | 解説 |
---|---|
腸管虚血、麻痺性イレウス | EN禁忌。腸管使用が致命的リスクを伴う。 |
重篤な出血性疾患や腸管穿孔直後 | 手術後数日は腸の使用を避ける必要がある。 |
重症膵炎の初期(痛み強い時期) | 腸管刺激で症状悪化の可能性あり。 |
高流量消化管瘻 | ENが実質的に成立しない(吸収されず漏出)。 |
敗血症+循環不全で腸管灌流低下 | ショック解除まではEN禁忌。 |
5.3. 合併症「静脈栄養は、あまりよくない?理由」
静脈栄養の導入するデメリットは大きく2つ「栄養が非生理的(直接的、急すぎ)で反応しちゃう」「中心静脈カテーテル(CVC)挿入」と考えると分かりよい。後者はもとより重症患者管理に挿入しているかもしれないので追加のデメリットにはならない場合もある。
以下、主な合併症とその予防策。
【高血糖・インスリン過多】血糖の上昇がダイレクトなのでPN中の糖質量に注意。頻回の血糖測定と適切なインスリン調整が必要になってしまう。糖質は3–4 g/kg/日以内かな。
【再栄養症候群】低P・低K・低Mgに注意。特に低栄養状態からの急速な栄養導入では特に注意。
【肝障害・胆汁うっ滞】グルコース過剰、脂肪製剤などから脂肪肝や肝炎様反応が出ちゃうことも。もちろん微量元素不足も肝障害要素に。
【カテーテル関連血流感染(CRBSI)】CVC管理の徹底、無菌操作、栄養バッグの取り扱い管理を厳格に。
経静脈栄養はもはや「絶対正義」でははない。
しかし、デメリットはしっかりある。そこを考えて対応する。
現場では5日くらい経腸栄養が始められないとわかっているケースは病態的に超急性期を脱したなと思ったら糖、カロリーを控えつつ開始するようにしている。腸管的にEN禁忌ではないがfullでいくには少し自信ないという時に僕は併用したりすることもあるが、PNはCVC挿入も含め感染リスクが上がるので7日はPNなしでENを工夫して優先というのがガイドラインの今の立場。
皆さんは十二指腸以遠の栄養チューブ挿入やってますか?できれば便利だけど実際難しいよね。
まとめ
ICUでの栄養戦略。超基本的なことではあるが、いつ、どれだけの栄養をどのように投与するかをまとめてみた。
次回は実際にどのように経管栄養剤や輸液を選択しているか(施設設定や個人の好みはあろうが)をシェアして僕自身の見直しをしようと思います。栄養のモニタリングに関してとガイドラインの日本人体格へのアダプトに関しても考えてみたい。
📚 引用ガイドライン・参考文献
- ESPEN Practical Guideline 2023: Clinical Nutrition in the ICU
- ASPEN Critical Care Guidelines 2022
- JCCNG 日本集中治療医学会栄養ガイドライン 2024
- Singer P, et al. ESPEN guideline on clinical nutrition in the intensive care unit. Clin Nutr. 2019.
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