気づけばそれは“毒”─救急外来での中毒診療

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はじめに

専攻医
専攻医

乾先生、意識障害の鑑別って、AIUEOTIPSですよね?薬物中毒ってどう疑って、どの検査で診断していくんですか?

乾先生
乾先生

日本の現状、他国と比べ多くはないですが、やはり前例疑ってかかるというのが正しいと思うわん。気づかないと致死的になることもあるわん。

専攻医
専攻医

いや、結局典型的な症状がないというか薬物中毒患者って寝てるだけですよ。疑いようがないからわからないんですよね。

乾先生
乾先生

寝ているだけ・・・んー、声にならない声を君は聞いているか?
僕は鼻が利くからね。中毒は匂いで分かることも多いけど、そもそも疑わないと「特異な病歴や所見」が出てこないのが中毒。いや病歴や所見出ているのに気づかないといっていいわん。

中毒診療は、「見落とし」よりも「気づかないこと」が怖い分野です。
「この意識障害、原因がはっきりしない」「若年で多彩な神経症状……?」
そんな時、救急医が持つべき“仮説の引き出し”の一つが中毒。
本記事では、曖昧な訴えや不明瞭な初期所見からでも診断と治療に踏み出せる6つの視点を、症例・エビデンス・ガイドラインを交えて紹介します。


Step 1| 中毒とは──救急医の中毒診療【マインドセット】

「すべてのものは毒であり、毒でないものはない。その量が毒を毒たらしめるのだ」というパラケルススの金言が示すように、私たちが日常的に扱うあらゆる物質――毒性の高い物質はもちろん、常陽内服薬、水やサプリメントに至るまで──は、ある量を超えれば毒となり得ます。
中毒診療においてまず求められるのは、疾患像の裏に“毒”が潜んでいるかもしれないというマインドです。本人の訴えだけでなく、市販薬やインターネットで手に入れたサプリ、さらには職場や趣味で繰り返し曝露している化学物質まで、先入観なく洗い出し、経時的に蓄積した慢性中毒の可能性にも目を凝らすこと。たとえ初見で重篤度が低く見えても、身体には静かに毒性が紡がれているかもしれないことを忘れず、常に「まず疑う」──これが救急医としての中毒診療のマインドセットです。

Step 2| “ABC”から始める【初期安定化】

  • A:気道 → 嘔吐、分泌過多。意識障害(GCS 8以下)による不安定、誤嚥に注意。
  • B:呼吸 → RR低下やチアノーゼがあれば即座に酸素化評価、誤嚥もありうる
  • C:循環 → wide QRS+徐脈は致死的不整脈のサイン。低血圧はまず輸液し昇圧剤の是非を。
  • D:意識評価+血糖 → コーマカクテル(ナロキソン+ブドウ糖±チアミン)日本では多くはないが。AIUEOTIPSとして中毒以外の疾患ももちろん考えることになる。
  • E:曝露除去 → 毒物接触は脱衣 or 皮膚洗浄で即時対応

Step 3| 【犯人探し】見逃さない問診と検査の型 “MATTERS”と“TUBE”の融合戦略

中毒っぽいと疑ったのはいいが次に重要なのは「原因物質が何なのか?危険な量なのか?」である。

◾️問診の型:MATTERS

問診は徹底的に行うべきです。「中毒物質としてありうるものが何なのか?いつどれだけ摂取しているか?」が、わかれば治療は基本限られています。診療の根幹部分です。本人に聞く、家族や友人に聞く、PTPや空箱を確認する(ここは救急隊さん頼み)、市販薬の領収書を確認する、以前のOD歴を聞く、口の色を観察するなど、また子供の場合は両親やおじいちゃん、おばあちゃんの内服確認は必要です。
Materials(何を)
Amount(どれだけ)
Time Taken(いつ飲んだか)
Emesis(嘔吐の有無)
Reason (理由)
Signs, Symptoms and Support(症状、残留薬、空袋、家族証言)

◾️検査の型:TUBE

Toxidrome: 典型5パターンの身体所見から薬剤を推測
Urinary drug screen: 尿中薬物検査で問診と一致した反応が出ているか確認。
Blood gas: AG、OG、Saturation gapの“3つのギャップ”
ECG: QRS幅, QT延長 or 頻脈など「このECG所見はどういう薬剤で出るのか?また今後の危険性は?」を考える。

【Toxidrome ‐トキシドローム‐ 】

Sympathomimetic(交感神経刺激)

Anticholinergic(抗コリン)

Cholinergic(コリン)

Sedative/hypnotic(鎮静/催眠)

Opioid(麻薬)


参考:Kloss, Brian. Toxicology in a Box . McGraw-Hill Education.

【Urinary drug screen】

前述のとおり「何を飲んだのか?」は生命予後を左右する。しかし、現実には摂取薬物が不明なケースも少なくないのでヒントは多い方が良い。こうした状況で、「尿中薬物スクリーニング(UDS: Urine Drug Screen)」キット。ただし、無思慮な使用は臨床判断を誤らせるリスクも孕む。

これは特定の薬物またはその代謝物を半定量的に検出するスクリーニング検査である。対象となる薬物群はキットによるけどオピオイド、ベンゾジアゼピン、コカイン代謝物、アンフェタミン系、バルビツール酸系、大麻(THC)、フェンシクリジン類(PCP)、三環系抗うつ薬(TCA)くらいが一般的かなと。重要なのは、「陽性=中毒症状の原因」と直結するわけではなく、また「陰性=関与否定」とも限らないという点である。これは感度・特異度に限界があるためであり、診断補助の一材料に過ぎないことを肝に銘じる必要がある。

🧠ある救急医の頭ん中

病歴経過や内服薬、身体所見から類推される薬物と尿中薬物検査キットの結果のつじつまが合うか。ここ重要視して参考にしている。

【Blood gas ー血ガスの3つのギャップー】

3つのギャップとはアニオンギャップ(AG)浸透圧ギャップ(Osmolar Gap)、サチュレーションギャップのこと。

AGが上昇する≒血中に通常存在しない酸性物質が蓄積。
これは特定の薬物中毒によっても誘発される。メタノール、エチレングリコール、サリチル酸(アスピリンなど)、パラアルデヒド、鉄中毒、イソニアジド中毒、乳酸アシドーシスを伴う中毒(例:火災などでシアン化物中毒、CO中毒。乳酸高値はCOよりシアン化合物を疑う。)

OGが上昇する≒浸透圧に寄与する未測定の小分子物質の存在。
実測血漿浸透圧と計算浸透圧(2×Na⁺ + 血糖/18 + BUN/2.8)との差を指し、正常では10 mOsm/kg未満とされるが解離している場合はメタノール、エタノール、エチレングリコール、イソプロパノール、プロピレングリコールなどの中毒かもしれない。

●動脈血ガス分析(SaO₂)とパルスオキシメータ値(SpO₂)の間に乖離が認められる場合は、メトヘモグロビン血症、CO中毒が多い。まれに硫化水素中毒。
CO中毒:SPO2、PaO2は正常か高値であるが患者の真の酸素供給能が低い状態=ギャップ
メトヘモグロビン血症はPaO2が正常か高値であるがSPO2が85%程度と低い状態=ギャップ
特に臨床現場で注意すべき主な原因物質は➡ 局所麻酔薬系(リドカイン)、硝酸薬・亜硝酸塩系(ニトログリセリン等)、工業用・家庭用化学物質(アニリン染料、ニトロベンゼン、亜硝酸アミル)。

【ECG】

中毒患者の心電図においては特にQRS幅QT間隔頻拍・徐脈の有無軸偏位、U波やR波の拡大などに注意を払う。
●QT延長(≧100msec、特に≧120msec)は、致死的不整脈(VT、VFなど)を引き起こすリスクが高い。三環系抗うつ薬(TCA)を筆頭に、抗精神病薬(特にクロザピン、チオリダジン)、抗不整脈薬クラスⅠa、Ⅰc、カルバマゼピン、コカイン:Naチャネル遮断による顕著なQRS延長。幅広いR波(特にaVR誘導)が特徴。
●QT間隔延長(QTc≧470msec:男性、≧480msec:女性)は、torsades de pointes発生の前兆。中毒原因として代表的なものはメトクロプラミド、オンダンセトロン、抗精神病薬(ハロペリドール、ジプロリド、チオリダジン)、抗不整脈薬(クラスIa、クラスIc、クラスⅢ:ソタロール、アミオダロン)、マクロライド系抗菌薬、クロロキン、抗ヒスタミン薬(第一世代)、抗うつ薬(SSRI高用量、三環系)

ジギタリス中毒→ 特徴的な下向きST低下(「スプーン状」変化)、頻脈+徐脈混合、心房粗動。
コカイン中毒→ 交感神経刺激による頻脈性不整脈、虚血性ST変化(急性心筋梗塞に類似)
β遮断薬・Ca拮抗薬中毒→ 徐脈、低電位QRS、房室ブロック


Step 4|【治療】活性炭と支持療法?「効く解毒薬」を瞬時に選ぶ

経口摂取に対しては、活性炭を摂取後1時間以内に投与することで、広範な薬物の吸収を抑制できる。もちろん効果のないものもある。

🧠ある救急医の頭ん中
  • 無機物質:鉄剤、鉛、リチウム、カリウムなどの金属類
  • 強酸・強アルカリ: 活性炭は吸着できず、むしろ胃洗浄や活性炭投与が穿孔リスクを高める
  • アルコール類:エタノール、メタノール、エチレングリコール → 分子量が小、吸着されぬ。
  • 石油製品:灯油、ガソリンなど → 誤嚥リスクが高、消化管吸収も炭では阻止できぬ
  • その他特殊な薬剤:シアン化物(cyanide)、有機溶剤(トルエン、ベンゼンなど)

    これらに対しては活性炭(無効、禁忌)の使用は推奨されず、代替治療(解毒薬や支持療法)に移行を。

    ●腸肝循環をしやすい薬物は活性炭反復投与の適応。カルバマゼピンジゴキシンテオフィリンフェニトインフェノバルビタールなど。
    Goldfrank’s Toxicologic Emergencies, 11th Edition (2022)
    Uptodate “Decontamination of the poisoned patient”


鉄剤や徐放製剤、コカインのボディパッキングなどには、全腸洗浄が有効である。一方で、胃洗浄は誤嚥のリスクや吸収促進の危険があるため、現在では原則として推奨されていない。
支持療法は脱水や低血圧に輸液や中毒との相互作用を鑑みつつ昇圧の座位の治療。痙攣に対してはジアゼパムやロラゼパムの使用が有効であり、高体温には冷却、低体温には加温、尿閉には導尿を行う。また、頻回なバイタルサインのモニタリングと意識レベルの再評価を継続し、病態の進行に即応する体制を維持する。


【解毒薬】

特異的な解毒薬の使用である。毒物が特定された場合には、対応する解毒薬を速やかに投与する。
ただし“使っていいか迷ったら一度深呼吸”。すべての解毒薬に「逆効果リスク」があることを忘れずに。

例:有機リンの解毒剤のアトロピンは対症療法(即効性)、PAMは原因治療(根本的解決:AChE活性回復)。ただし、メリットが高いのは早期使用時。有機リンによるAChE酵素のリン酸化(aging)が進むと、PAMは無効となる。Agingは物質によるが6~48時間以内(例:パラチオンでは数十時間、ジクロルボスでは早い)つまり、理想は6時間以内にPAM開始。
また適切な用量・速度で使うことが重要で、PAMは急速大量投与は避け、標準量で静注→持続静注にする(急速ボーラスで高血圧や中枢刺激悪化のリスクあり)ことが大切。

WHOガイドライン(2019改訂版)Cochraneレビュー(2011)NEJMやLancetのレビュー→エビデンスの限界は認識を。

中毒物質解毒薬
有機リンアトロピン+PAM(プラリドキシム)
メタノール/エチレングリコールホメピゾール/エタノール+血液透析
オピオイドナロキソン(0.1~0.4mgから)
アセトアミノフェンN-アセチルシステイン
シアンナイトライト+ヒドロキソコバラミン
ベンゾジアゼピンフルマゼニル(ただし痙攣誘発注意)

【透析】

血液透析適応薬は覚えるべき(リチウム・サリチル酸・メタノール・エチレングリコール・VPA・テオフィリン)
血中濃度が無理なら症状+推定内服量で判断する
代謝性アシドーシス、腎不全、意識障害悪化は透析を急ぐサイン
方法はまず血液透析、必要なら血液灌流併用

Step 5| 誰をICUに送る?──「3つの臓器+リスク薬」で判断

3つの臓器

A. 🩸 循環:血圧維持不能・不整脈
●基準:ショック持続:大量輸液・昇圧剤に反応しない低血圧、重篤な不整脈:持続性心室頻拍、心室細動、徐脈による循環不全

B. 🫁 呼吸:人工呼吸器管理が必要・酸素化不良
多くの薬物は呼吸抑制(オピオイド)、肺障害(パラコート中毒)を引き起こし、急速に不可逆的な障害に至る。
●基準:自発呼吸不十分:GCS≦8または呼吸数<8/分、持続するSpO₂低下(補助酸素下でもSpO₂≦90%)、人工呼吸器装着が必要

C. 🧠 神経:GCS低下・痙攣・昏睡
●基準GCS≦8(昏睡、気道保護不能)、持続性痙攣(5分以上または連続する痙攣)、脳浮腫を疑わせる兆候(除脳硬直、血圧上昇+徐脈など)


💊ハイリスク薬物を摂取

以下の薬剤中毒では、重症化リスクが独立して高いため、臓器障害が軽度でもICU搬送を検討する。

リスク薬剤主な理由
三環系抗うつ薬(TCA)心毒性(QRS延長→心室細動)、抗コリン作用
カルシウム拮抗薬徐脈性ショック、心停止リスク
有機リン化合物難治性呼吸不全、コリン作動性クリーゼ
β遮断薬(特にプロプラノロール)徐脈+低血圧+心停止リスク
メタノール・エチレングリコール代謝性アシドーシス+神経毒性、腎不全
🧠ある救急医の頭ん中

臓器障害+ハイリスク薬剤」「臓器障害のみでも重度(例:昏睡+呼吸不全)」「ハイリスク薬剤のみでも、摂取量多量かつ症状出現中」➡︎ このどれかに該当すれば、迷わずICU搬送を判断する。

  • 血中濃度や中毒量は参考にはなるが、症状の重篤度を最優先で判断するべき。
  • ハイリスク薬剤は、初期が軽症に見えても後から劇的に悪化するので早期搬送が必要。
  • 「搬送のしすぎ」は問題ではないが、「搬送の遅れ」は命取り。

🎯 最後に:気づけばそれは“毒”かもしれない

本稿では、救急診療における中毒対応を「マインドセット」から「初期安定化」「診断の型」「治療戦略」、そして「ICU搬送判断」に至るまで、段階的に紐解いてきた。
重要なのは、これらが単なる知識の羅列ではなく、常にひとつの線でつながっていることだ。

中毒診療とは、症状と徴候という限られたヒントから「潜む犯人」を推理し、いち早く先手を打つ。
仮説を立て、検証し、修正し続けるその営みこそが、救急医療における最も根源的な知性の発露である。毒は、静かに、時にささやかに、そこにある。
それを見逃さず、読み解き、整える力を、私たちは今日も鍛えていく。

中毒診療は単なる「解毒」ではなく、「診て、気づき、整える」プロセスそのものであるという本質を、実臨床で常に意識することが、真に効果的な初期対応につながる。なんつって。

📚 参考文献(抜粋)
  • Mokhlesi et al. Adult Toxicology in Critical Care, CHEST, 2003.
  • NEJM. Toxidrome Recognition in Chemical-Weapons Attacks, 2018.
  • MSD Manual / 日本中毒情報センター資料
  • IJPD. Acute Poisoning in Children, 2011.
  • McGregor et al. Common Childhood Poisonings, Am Fam Physician, 2009.
  • Okada N. “POISON発表(改)”, 京都府立医大, 2018.
  • Goldfrank’s Toxicologic Emergencies 11th ed.
  • AACT(American Academy of Clinical Toxicology)
  • TOXBASE(英国救急中毒リファレンスデータベース)
  • Extracorporeal Treatments in Poisoning Workgroup(EXTRIP

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