「大丈夫だろう」を防ぐ思考法—ベテラン救急医が実践するWorst First診断術

チーム医療・看護連携

あの夜の患者のこと

救急外来に20年以上立ち続けると、忘れられない夜もある。
深夜0時過ぎ。68歳の男性が「めまいがする」と歩いて来院した。バイタルは安定、「日中、暑いところで作業した」という発言がある。当直の研修医が「熱中症でしょう」と判断し、点滴を行って帰宅させようとした場面に、私は立ち会っていた。

できレジ

先生、熱中症っぽいエピソードもあり、嘔吐と軽い頭痛があったけど点滴で改善しています。歩行も問題なしです。血液検査も特に明らかな異常なしなんで帰宅させようと思います。

まにまに

(歩けるなら大丈夫かな。)めまいに関しては?画像検査とか?

できレジ

ふわふわするとは言っています。眼振はないように思いますし、神経症状も特記ありません。昨日の先生の講義でめまい単独主訴でルーチンの頭部CTのご利益は頻度的にもないし、するならMRI。そこまでする根拠もないし、歩行は可能です。

まにまに

(講義の効果あり!良かった。)よし。帰宅させよう。。。

帰宅説明のため患者のもとに向かうと、座位から立位になる瞬間、男性は手すりを強く握った。「大丈夫になりました」と言いながら、少しふらつく。「ちょっと頭が重いですね」。

——症状は急に出ましたか?

「はい。夜にテレビを見て寝ようとした時に」

その言葉で私のなかで何かが引っかかった。

まにまに

大丈夫かもしれないが、頭部CTだけとっておこう。

小脳出血だった。

このエピソードはそれ以来、私のめまい講義に「めまい患者にルーチンのCTは不要」と明言しつつも毎年登場する。
「歩いてきた」「バイタル安定」「熱中症エピソードで改善傾向」——その情報が脳に「大丈夫だろう」というショートカットを踏ませた。あの夜、私自身もそのショートカットを踏みかけていた。

ではなぜ、こういう思考が起きるのか。


「大丈夫だろう」という思考の正体

医療現場における「大丈夫だろう」は、単なる楽観主義ではない。これは認知心理学が「ヒューリスティクス」と呼ぶ、脳の省エネ機能の産物。

ダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー』で書いているように、またはクロスケリー(NEJM, 2013)のデュアルプロセス理論で整理されているように人間の思考、臨床推論には二つのモードがある。
「システム1」は速くて直感的(医師では直観が近い)、「システム2」は遅くて分析的。
救急外来という時間的・認知的負荷の高い環境では、私たちは常にシステム1に引っ張られる。これ自体は悪いことではないし、経験を通じて磨かれたシステム1は、多くの場面で正しい判断を高速で下す強力な武器になる。 PubMed Central

しかし、問題が生じるのは二つの場面だ。それは
システム1が「パターンマッチング」を誤ったとき
経験が乏しい初学者(研修医、新人スタッフ)がシステム2を不十分な知識で行使したとき

アンカリングバイアス:最初の情報に引っ張られる
確証バイアス:決めた後に都合よく情報収集する

夏に「熱中症」という情報が一度アンカーとして設定されると、その後の情報収集はそのアンカーを補強する方向にバイアスされる。「屋外作業、水分とっていなかった、嘔気、軽度の頭痛、歩ける、点滴で改善なら帰宅可能」という判断の連鎖が、脳内で勝手に走り始め、「突然発症、頭痛、ふらつき、いつもと違う」は軽視される ScienceDirect

利用可能性ヒューリスティクス:思い出しやすいものを過大評価する

「歩行可めまい=小脳出血」という連想が浮かばなければ、その可能性を検討すら始めない。夏にERで働いていると山盛り熱中症疑いの症例は経験するが、若手のうちは致死的疾患のパターンが「引き出し」に格納されていない。ベテランでさえ頻度から夏の屋外作業+嘔気+めまい=熱中症に帰着しやすい。だからこそ、経験にのみ依存した判断は危険というわけです。

早期閉鎖:最初の診断で思考が止まる

「熱中症によるめまい感」という診断に一度到達すると「その診断が外れたら何が考えられるか?」という問いを脳が立てなくなる。これが早期閉鎖であり、救急・集中治療領域における最も危険な認知エラーの一つである。Kellogg School of Management

数字で現実を示しておく。救急外来での診断エラーは初診患者の0.6〜12%に発生し、そのうち96%のケースに一つ以上の認知的要因が関与している (Kunitomo et al., BMC Emergency Medicine, 2022)。
日本の救急医387名を対象にした調査では、経験された認知バイアスは過信(22.5%)、確証バイアス(21.2%)、利用可能性ヒューリスティクス(12.4%)、アンカリングバイアス(11.4%)の順に多かった。
これは他人事ではない。


ベテランが密かに使っている「逆算思考」の技術

先述の通り救急外来での迂闊な「大丈夫だろう」はポジティブな経験やアンカーで導き出した鑑別で診断を出し、以降考えないように省エネするという人間の脳の構造より起きる。
それにあらがうには
ベテラン医師はシステム1で進めつつ3~4割はシステム2を働かせるがよい(経験は「パターンマッチングの速度と精度」を上げる一方で、「自分の判断を疑う意欲」を下げる)。
初学者なるべくシステム2で網羅的に診察していくのがよい。

それと患者の顔を見た瞬間から、私は意識的にある問いを自分に向けている。

「患者の命が今夜危ぶまれるとしたら、何が原因か?」

これが「最悪からの逆算思考」。
意外とERで最初に教わることであるが未だに気を抜くとこの思考がうまくできない。
まず最悪の結末を具体的に想定し、その最悪を否定するための証拠を積み上げていく。
「ま、大丈夫だろう」が「良性仮説を最初に立てて、悪性仮説は後で考える」のに対し、
逆算思考は「悪性仮説を最初に立てて、それを否定できるかどうかを考える」こととなる。

この思考法はまだ失敗していない段階で「なぜ失敗したか」を問うことで、失敗のシナリオを事前に想起することができる。

ついでに言うとこの思考は20年の間にすっかり私の思考に組み込まれてしまった。妻には「このペシミスト(悲観論者)め。なんでそんなに悪く考えるの?」と呆れられるくらいに。


実践的フレームワーク:「Worst First」の5ステップ

Step 1:致死的鑑別疾患のリストを「先に」作る

初期評価の段階で「この主訴で死亡しうる疾患は何か」を意識的に列挙する。

私が若いころ手放さなかった亀田ERマニュアル(葛西猛先生)には、緊急性の高い疾患とcommonな疾患が並列で列挙されていた。当たり前に見えて、これが重要だ。脳は徹底的にさぼり症で、慣れるまで意識しないとこのステップは自然にはできない。

「そもそも考えなかった」という思考の空白は、リストを作る習慣だけで消える。

Step 2:除外のための「最小限の証拠」を決める

致死的疾患をリストアップしたら、次に「それぞれを除外するために何が必要か」を考える。

小脳出血の除外なら——問診(突然発症か?)、歩行試験、指鼻指試験、そしてCT。どのように除外するかは状況によって異なるが「何もしなくていい」という答えにはならない。

重要なのは、「除外に足る証拠を示せているか」という問いを、自分の診断ロジックに明示的に組み込むことだ。人の脳はさぼり症である。どんな人でも省エネ思考の引力はすべからく牙をむく。「大丈夫そうだから帰宅」ではなく、「◯◯を否定したから帰宅可能と判断した」と言語化する。この「何となく引っかかる」≒不安≒「除外の証拠」を言語化できないというところをクリアしていく

Step 3:「gut feeling」を証拠として扱う

gut feelingを「特定の根拠は欠くものの、悪い結末を懸念する不安感——ここに何かおかしなことがある」と定義し、臨床推論における第三のトラックとして位置づけている研究がある。

アネット・オルセンらの研究が示すように、経験豊富な臨床家の直感(僕は徳田先生の使われている直観という言葉がピンとくるが)はパターン認識の無意識化であり、表現できないが実在する信号だ。この「gut feeling」を根拠がないから無視するのは誤りだと知っておくのは助けになる。
月刊保団連2022年09月号_16-21_特集徳田氏

「何かおかしい」と感じたら、それを再考のスイッチにすること。
帰宅させる前に「なぜ自分は引っかかっているのか」を言語化しようとすること。
言語化できなくても、「引っかかっている」という事実そのものを同僚や本人とシェアして行動すること。
これは直感(観)という情報を、正当に診断プロセスに組み込むStepです。 British Journal of General Practice

Step 4:「もし間違っていたら」の安全網を設計する

診断に至ったとき、「この判断が誤りだった場合、何が起こるか」を一度考える。

「肺炎として外来治療を選択した場合、もし菌血症だったら? もし免疫抑制状態を見逃していたら? もし自宅環境が劣悪で内服管理できなかったら?」——この問いから「48時間以内の再診指示」「悪化サインの具体的な説明」「電話フォローアップ」という安全網が生まれる。これが大事。

Step 5:「帰宅許可」を能動的な判断として行う

「特に問題なさそうだから帰宅」は消去法的判断です。
逆に「◯◯と●●を除外し、△△の暫定診断バイタルが安定しており、フォローアップ体制が整っているため帰宅可能と判断した」は積極的な判断。
僕は研修医のとき前者のオンパレードであったが、今は研修医に「緊急性がないので帰宅、は記録として不十分。暫定診断とプランとセーフティーネットを書こう」と話している。

この未来予測の差が、後から自分の思考のどこに盲点があったかを正確に把握させてくれる。


「逆算思考」はチームで機能する

個人の思考を変えるだけでは足りない。救急・集中治療はチームで動く。

ある夜、ベテラン看護師が私に言った。「先生、この患者さん、なんか顔色が昨日と違う気がします」。バイタルは安定、検査値も変化なし。しかし私はその言葉でベッドサイドに向かった。腹部を再診すると、緊張した腹壁に気づいた。緊急造影CTで腸管壊死。緊急手術で命を救えた。

この経験が示すのは、看護師の観察が「最悪シナリオ」を発見するセンサーとして機能するという事実。研修医であり、自分であれ、患者の家族であれそのセンサーになりうる。

チームに逆算思考を実装するために必要なのは、次の2つ。
「何かおかしい」と感じたとき声を上げやすい心理的安全性を確保すること。「気のせいでした」で終わっても正しく評価すること。「呼んでくれてよかった、次も遠慮なく」——その一言がチーム全体のセンサー感度を高め続ける。
そして「不確かさを共有すること」をプロフェッショナリズムとして位置づけること。一人で完結することを美徳にしない文化が、スイスチーズの穴を埋めていく。


「過剰診療」との境界線

「それでは全員にCTを撮るのか」——うーん、もっともな問いだ。書きながら自分でもそう思ってきた。

逆算思考は「なんでも検査せよ」ではない。「致死的疾患を除外するために、何が最小限必要か」を問う考え方なんですね。検査前確率やクリニカルスコアや疾患頻度、リスク、CT検査の感度特異度の具体的数字を知っていること、それを適応すること。

逆算思考は、こうした臨床決定ツールや疾患頻度知識を「最悪を除外する戦略」として使う文脈を与えてくれる。「除外できない」と判断した場合でも、「入院」「24時間後の再診指示」「帰宅後の観察ポイントの詳細な説明」「家族へのアラーム症状の教育」という安全網の設計をする。

リスクを「ゼロにする」ことが目標ではなく、「リスクを認識した上で安全に管理する」ことがこの思考の肝なんです。


若い医師・若い看護師へ

今あなたが感じている「何かおかしい気がするけど根拠が言えない」という感覚と「大丈夫な気がするけど根拠が言えない」を、大切にしてほしい。経験と知識が不十分な今の段階で、それを感じるのは正常なことだ。そしてその感覚は、言語化する練習を積むほど、より鋭く・より使えるものになっていく。

「最悪からの逆算」という思考癖は、最初から自然にできるものではなくて意識的に練習するもの。症例を振り返るとき、「commonなシナリオと合わせて最悪のシナリオも最初に列挙できていたか」という問いを加えてみてほしい。
帰宅指示を出す前に「除外できたと言える根拠は何か」を一言カルテに書いてみてもいい。

そのひとつひとつの積み重ねが、数年後の「gut feeling」になる。
ベテランの直感(観)は、才能ではないと思う。
「最悪を繰り返し想定し、繰り返し除外してきた経験の集積」なのだと思っている。

副作用として家族からペシミストのレッテルを張られるのは玉に瑕(きず)だが。


おわりに

「最悪を想定すること」は悲観主義ではない。最悪を具体的に想定できる医師ほど、患者の前で穏やかに、落ち着いて振る舞える。なぜか?
それは「最悪の事態が起きたとしても、私はその準備をしている」という内的確信があるから。

患者は「大丈夫だろう」を期待して来るわけではない。「最悪の事態が見逃されることなく、適切に対処してもらえる」ことを信頼して、命を預けに来る。

その信頼に応えるために、私たちは「最悪」から考えてみるというのが大切なんです。


参考文献

  1. Kunitomo K, et al. Cognitive biases encountered by physicians in the emergency room. BMC Emergency Medicine. 2022;22:148.
  2. Croskerry P. From mindless to mindful practice—cognitive bias and clinical decision making. NEJM. 2013;368(26):2445–8.
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