胸痛の「き」

医療教育・診断力UP

はじめに:胸痛診療

救急外来における胸痛──それは、平凡な主訴の顔をして、命取りの病態を隠してやってくる。
心筋梗塞、大動脈解離、肺塞栓症──生命を脅かす疾患群から、無害な機能性疾患まで。
その鑑別は、まさに救急医の「生命を読み解く技術」を問う場だ。

最初の30分で、

  • 「緊急介入が必要な病態を見逃さない」こと、
  • そして同時に「不必要な検査による害を回避する」こと。

この二兎を追う。
胸痛診療とは、かくも過酷で、美しい仕事である。

ヤバい胸痛:緊急疾患群の想定

誤解を恐れずに言うならば「契機のない急性胸痛患者に対し、悠長に病歴を聴いたり、雑談から入ったりする暇はない」。
鑑別リスト作成よりも先に、ヤバい胸痛(バイタル異常、killer5)かどうか秒速で見抜くこと。

「鑑別診断が重要」と言っている私としても教育的でないが、このケースで心電図をとらずにマネジメントをするケースはないと思うので
➀ ABC評価(気道・呼吸・循環)、バイタル測定(血圧、心拍数、呼吸数、SpO₂、体温)、意識レベル確認 ➡ バイタル異常、ショック、重度低酸素血症など即時介入を要する病態の検出
+12誘導心電図(ECG):10分以内
この後に
スピーディかつ鋭利な「仮説立案」。しかしここでは「正確な診断名をいきなり当てにいく」必要はない。それはこの段階では、むしろ不適切ですらある。
求められるのは、「命を奪う可能性がある病態を一つも漏らさない」こと。
急性冠症候群 (ACS):労作・安静時胸痛、放散痛、悪心、冷汗
急性大動脈解離心タンポナーデ:突然発症、裂けるような痛み、血圧左右差、低血圧、四肢の症状
肺塞栓症 (PE):呼吸困難、頻呼吸、下肢深部静脈血栓症徴候
緊張性気胸:片側胸痛、呼吸困難、胸郭の偏位
一般的な診療開幕の「今日はどうされましたか?」的なopen-questionはちょっと置いておいて、いくつかclosed-questionで探りを入れ、あたりを付けた身体所見を数個確認しておくのがよい。

🧠ある救急医の頭ん中

鑑別診断よりもヤバい胸痛か否かのリスク評価に主眼を置くのが最初の数分!
Fast思考による 病歴、身体診察、心電図、バイタルサイン
“Immediate stabilization of airway, breathing, and circulation should precede any diagnostic testing in unstable patients.”
“An ECG should be obtained and interpreted within 10 minutes of arrival in all patients with suspected ACS.”

ベッドサイド検査と緊急除外

緊急疾患群の想定が終わった直後、次に必要なのは、その仮説を迅速に裏付け、または除外するためのアクションですね。
この段階で大切なのは、検査を「盲目的にオーダーする」ことではなく、あくまで、想定したリスクに応じて、検査の意味を明確に意識しながら選択することです。

明らかに「ヤバい胸痛」ではないと判断できる場合は検査はなし or 最小限になる。
が、そうでない場合=緊張性気胸は胸部X線(撮る前に診断し、脱気をしろとは言われるが)、肺エコーが診断の方法であるし、STEMIは心電図、心タンポナーデを疑うなら心エコーが必要となる。
血液検査は血管リスクの評価はもちろん、心電図、エコー(POCUS)、レントゲンでも明らかでない場合の高感度トロポニン、D-ダイマーの評価でACS、急性動脈解離、肺塞栓症のリスク評価をすることとなる。
バイタルは安定しており、心電図ではSTEMIではなさそう ➡ 問診とエコーとレントゲンをしながら血液検査項目を考えるといった時間軸となろう。

🧠ある救急医の頭ん中

検査は特に血液検査は「仮説を確かめるために使う武器」である。
考えずに施行した検査は診断を鈍らせ、患者を危険に晒すことすらある。
NG例:D-ダイマーを測っておいて上昇しているのに、造影CTに行かない。
NG例:問診上リスクが高い患者のトロポニンが陰性であった。説明し帰宅とした。

  • STEMI(心電図上の明確なST上昇)➡循環器コンサルト
  • 緊張性気胸(X線で気胸+縦隔偏位)➡脱気
  • 心タンポナーデ(心エコーで心嚢液+右室圧排)➡心嚢穿刺・造影CTで心破裂、大動脈解離、心膜炎等の鑑別
  • Massive PE(エコーで右室拡大、血ガスで低酸素血症)➡造影CT

これらは診断が確定した時点で即座に治療へ移行する。

検査の評価方法とスコアに関して考える。

ここまで、【緊急疾患群の想定(バイタル、killer5) + 心電図 ➡ 問診+エコー+胸部X線±血液検査や造影CT】と流れを説明してきた。
おそらく、ここらへんで浮かぶ迷いは「造影CTのハードルの超え方」「決め手に欠けるがACS否定できない人」ではなかろうか。

“The goal of risk stratification is not to achieve a definitive diagnosis immediately, but to guide the next steps in management based on the likelihood of a life-threatening condition.”
(AHA/ACC 2022ガイドライン)

【造影CTのハードルの超え方】

胸痛患者に対して造影CTを施行する場合は大きく2つ、急性大動脈解離と肺塞栓症だろう(心筋虚血が心筋造影のムラとして指摘できるときもあるが)。造影CTに行くまでのプロセスを考える。

●急性大動脈解離の高リスク:突然の激烈な胸痛、背部痛、移動する痛み。血圧左右差、神経学的異常、収縮期雑音(AR音)。マルファン症候群、既知の大動脈疾患、最近の大手術(例:心臓手術)➡
Dダイマーかもう造影CT、少し逃げだが単純CTで評価する。

●「いやこれ、肺塞栓でしょ」➡ 造影CTパターン:病歴的に非常に怪しい。心電図で洞性頻脈、S1Q3T3パターン(約10%以下)、Af。失神。胸部X線は綺麗なのに低酸素(説明つかない呼吸困難)。下肢DVT疑い。ピル内服。エコーで右心負荷。低血圧など総合(ゲシュタルト)して、担当医の第六感ならぬ第六観が肺塞栓症だろうと思ったら、造影CTに行く方がいい(感度85%、特異度が51%)

●「これ、迷うな~」➡
➀Wellsスコア低リスク+PERC陰性 ➡ 造影CT不要 (見逃し<2%)
②Wellsスコア<2 + Dダイマー陰性 ➡ 造影CT不要 (+ Dダイマー陽性 ➡ 造影CT):見逃し0.5%程度
③Wellsスコア≦4 + Dダイマー陰性 ➡ 造影CT不要 :見逃し<1-2%%程度
③Wells >4 ➡ 造影CTどうするか検討

手法             | 感度    | 特異度
ゲシュタルト         | 85%    | 51%
Wellsルール(<2=低リスク) | 84%    | 58%
Wellsルール(≤4=低リスク) | 60%    | 80%
Genevaルール         | 84%    | 50%
改訂Genevaルール      | 91% | 37%

Lucassen W, Geersing GJ, Erkens PM, et al. Clinical decision rules for excluding pulmonary embolism: a meta-analysis. Ann Intern Med 2011; 155:448.

※Wellsスコアの分類
:【元祖】0–1点 低リスク PEの可能性低い(PERC適用可)・2–6点 中リスク PEの可能性あり(Dダイマー検査)・7点以上 高リスク PEの可能性高い(直ちに画像検査検討)
【二分類法、Simplified Version】:≤4点 PE unlikely(可能性低い)・4点 PE likely(可能性高い)

※Dダイマーカットオフ値に関して
元来は通常0.5µg/ml (500ng/mL):50歳までならこれ
年齢補正(Age-adjusted D-dimer)「70歳ならDダイマー0.7µg(700ng)/mL未満を陰性とみなす」

D-ダイマー濃度が0.5 μg/mL未満なら、急性血栓症(PEやDVT)を高感度で否定できる。陰性適中率(Negative Predictive Value, NPV)は、低中リスク患者群で約99%以上。70歳、80歳を超えると、かなりの患者で0.5µg/ml超える➡造影CT乱発➡Age-adjusted D-dimer:PEの見逃し率は上昇せず、不要な造影CTを約15–20%削減

【決め手に欠けるがACS否定できない人】

心電図変化においては頑張って勉強していきましょうっと自らも鼓舞しつつ。
ST上昇(STEMI)、ST低下、T波の変化、新規左脚ブロック、異常Q波には気を付けて診療をするのが前提。心電図、エコー、トロポニンでもひっかけられないが「病歴的にACS否定できないっすよ、この人」って場合(nonSTE-ACS)は、「経過観察入院か血管写して!」って循環器科先生にお願いするしかないのが現状。じゃあ、ER医がご乱心して胸痛全員、循環器科コンサルトしてCAG依頼ってのはね。流石にね。

●hs-cTnを初回とその1時間後に検査する0/1時間アルゴリズムはNPV 98〜100%、AUCも良好(ESCが推奨)。上昇幅>10ng/Lなら「ルールイン」 → 極低値+変化なしなら「ルールアウト」
具体的なカットオフ値はアッセイによるが、
例:hs-cTnI <5 ng/L(極低値)+1hで3 ng/L未満の変化 → Rule-out
hs-cTnI >52 ng/L、または1hで10 ng/L以上の上昇 → Rule-in
0/1時間アルゴリズムでも0/3時間アルゴリズムでもよいとはいうものの、発症早期例では慎重な運用を。上昇率重視。

●”The HEART score is a robust and reliable tool for early risk stratification in chest pain patients, particularly useful in ruling out ACS in low-risk individuals.”

◾️ HEARTスコアの実戦運用

項目ポイント
History典型的なら2点、中等度なら1点、非典型なら0点
ECG明らかなST変化で2点、非特異的異常で1点、正常で0点
Age≥65歳で2点、45–64歳で1点、<45歳で0点
Risk factors≥3つ or 既知CADなら2点、1–2つなら1点、なしで0点
Troponin3倍超で2点、上限超えで1点、正常で0点

0–3点:低リスク → 帰宅可・4–6点:中リスク → 観察・追加検査・7–10点:高リスク → 入院・積極的介入


HEARTスコア ≤3 + hs-cTn 0/1h陰性なら安全に帰宅判断が可能。

🧠ある救急医の頭ん中

【AD】病歴、リスクが少し嫌な感じであれば他の疾患の精査も含め比較的閾値低く単純CTは撮ってしまっている。かなり典型的なとても嫌な感じの病歴であれば造影CT行くつもりで単純CTを撮り、単純で「解離ですね」となれば造影まで。「んー微妙」となればDダイマーという逃げの診療をしていることもある私。
【PE】Wellsスコア<2+PERC陰性 ➡ 造影CT不要 (見逃し<2%)
Wellsスコア<2 + Dダイマー陰性 ➡ 造影CT不要:見逃し0.5%程度 
●Dダイマー測るなら陽性時は基本造影CT含め追加評価する。
【ACS】HEARTスコアに関しては病歴がある程度否定できないわけで、心電図変化なし、年齢高齢となるとそれだけでRisk factorsを加味しなくても中リスクくらいになる。なので結局は hs-cTn 0/1hと症状次第では入院を検討するしかないかなと思ったりしている。
微妙な症例は0/1hや心電図再評価、循環器科先生に相談がやはり良いと思う。

総括 ~ヤバい胸痛を逃すな。~

胸痛診療の「き」はとか大それた記事を書きながら、正直私自身も肝を冷やしたことは1度や2度ではない。今回の記事作成と通して、少しに頭はまとめることができた。
胸痛の「き」。初手は単なる疾患リストの暗記勝負ではない。まして、検査をオーダーして待つゲームでもない。
検査を使いこなし、仮説を研ぎ澄まし、リスクを削ぎ落とすことにある。
この章で積み上げてきた通り、救急医が胸痛患者に立ち向かうとき、求められるのは──

緊急疾患を秒速で想定できること(killer5の即時スクリーニング)
仮説を立て、検査を選び抜き、無駄撃ちをしないこと(検査は武器)
リスク層別(HEARTスコア、Wells、PERC)を冷静に使いこなすこと
検査結果やスコアに溺れず、最後は自らの直感と責任で患者を診ること

スコアを使え。しかし、スコアに支配されるな。
プロトコルを使え。しかし、プロトコルに思考を委ねるな。

少しでも、良いマネジメントが出来ますように。。。

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