細菌性髄膜炎の初療3時間:診断と治療

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「たった数時間の遅れが、命運を分ける──。」

救急外来で「頭痛・発熱・意識障害」の三重奏を前にしたとき、私たち救急医が最も警戒すべき疾患の一つが細菌性髄膜炎である。診断までの時間が延びれば延びるほど、患者の予後が厳しくなるこの感染症は、まさに“時間との戦い”の典型。

細菌性髄膜炎の致死率は、国内外の大規模研究でもおおむね20〜30%。しかも命を取り留めたとしても、難聴、痙攣後遺症、認知機能障害などを残す例が少なくない。NEJMに掲載されたvan de Beekらの研究では、成人の肺炎球菌性髄膜炎における死亡率は約30%に上るとされている。

こうした背景をふまえると、救急外来での“初療3時間”は、患者の生死や生活の質を左右する極めて重要な時間帯である。この記事では、複数の国内外の文献をもとに、診断、治療、再評価のタイミングに至るまでの「理想的な初期マネジメント」を考察してみる。

起点は“疑う力”

髄膜炎の診断は、まず“疑う”ことから始まる。しかしここで問題となるのは、細菌性髄膜炎が時に非典型的に発症するという事実だ。高齢者や免疫不全患者では、項部硬直や光過敏といった古典的所見が見られないこともある。
だからこそ、意識変容+発熱という組み合わせを前にしたら、まずは鑑別リストの中に髄膜炎を入れておく必要がある。そして私は「疑ったら即、血液培養 ➡ CTRX(疑い度合いが強ければステロイドも)」としている。
診断に進む準備と並行して、経験的抗菌薬投与の準備を始めることが、後の治療成功の鍵を握ると思う。

30〜60分:診断と治療の交差点 “治療が先か、検査が先か”

この30分間は、臨床家にとって最もプレッシャーがかかる時間帯です。「腰椎穿刺(LP)を急ぐべきか、それとも抗菌薬を急ぐべきか」──この判断には、単なる”優先順位”ではなく、「時間と病態進行の関係性」を理解した上でのバランス感覚が求められる。

ガイドライン(2014年)では「腰椎穿刺を行うことで抗菌薬投与が1時間以上遅れるならば、CT・LPより先に抗菌薬を投与しても良い」とされており、これは「早期治療こそが神経予後を決める」というデータに基づいた臨床的妥協である。ポイントですがさすがに血培はとっておくのが重要です。

【腰椎穿刺の意義】

腰椎穿刺が行えた場合、髄液所見は診断と治療判断に強い武器になる。

  • 細胞数:1,000〜5,000/mm³の好中球優位
  • 髄液/血糖比:<0.4で特異度は98%(Tunkelら IDSAガイドライン)
  • 髄液蛋白:>100mg/dLなら重症例を示唆
  • 初圧:>200mmH₂Oで浮腫や水頭症のリスクあり

また、グラム染色は肺炎球菌で90%、髄膜炎菌で75%、Hibで約86%の検出率とされる。起因菌の推定に大きく寄与する。リステリアはいろいろな意味で厄介な印象を小生は持っており、血培も加味しながら疑う必要がある。

抗原検査(BinaxNOW)やPCRも有用で、抗菌薬投与後でも感度が保たれることが多い。特にPCRは、グラム染色陰性でも高い診断精度を維持できる点で、細菌性髄膜炎の“後出し診断”に役立つ。

ここで大事なのは、髄液検査の一つひとつに「臨床判断の解像度を上げる意味」があるということ。
例えば、糖低下がなければウイルス性髄膜炎の可能性が高まり、蛋白が正常であれば発症早期を示唆するなど、数値には診断だけでなく進行度や治療反応性の指標としての価値もある。


抗菌薬とステロイドの“秒単位の判断” 炎症の連鎖を断ち切るために

抗菌薬の機序に基づく選択

感染性髄膜炎の治療は、起因菌を絞りきれない段階から始まるため、empiric therapy(経験的治療)が基本。しかし、その選択には明確な「理由」があるのですよ。

  • Ceftriaxone(CTRX:第3世代セフェム):多くのグラム陽性・陰性菌に有効。特にHibや髄膜炎菌に対して有効性が高く、細胞壁合成阻害による殺菌作用。
  • Vancomycin(VCM):PRSP(ペニシリン耐性肺炎球菌)に対して必要。肺炎球菌が疑われる≒グラム陽性双球菌がいる時点では「入れておかないと負ける可能性がある抗菌薬」として位置づけられる。

IDSA 2016(Infectious Diseases Society of America)
“Empiric therapy for suspected pneumococcal meningitis should include vancomycin plus a third-generation cephalosporin, pending susceptibility results.”

  • AmpicillinListeria monocytogenesの第一選択薬。高齢者、免疫不全患者、妊婦ではこのカバーが必須。

ステロイド:炎症性サイトカインの制御

van de Beekら(NEJM 2002)のRCTでは、ステロイドが聴力障害を有意に減少させ、肺炎球菌性髄膜炎における神経合併症抑制効果が示されている。ステロイドはIL-1, TNF-αなどのサイトカイン放出を抑え、血液脳関門の破綻を防ぐという点で重要な薬となる。

  • Dexamethasone 10mg IV q6h × 4日間
  • 初回は抗菌薬投与直前か同時に行う。抗菌薬後では効果が得られにくい(時間依存性)。私は遅れてでも投与するようにしているが。
  • 菌種不明でも、肺炎球菌の可能性がある限り投与継続。HSVや結核などの可能性が強くなれば中止better
  • 小児ではHibに対してのみ推奨されており、肺炎球菌では慎重に適応判断(Peltola H, Lancet 1999)これ難しいよね。
ある救急医の頭ん中

成人:Streptococcus pneumoniae、Neisseria meningitidis
高齢者・免疫抑制:Listeria monocytogenes
外傷・手術後:Gram陰性桿菌、Staphylococcus aureus
Neisseria meningitidis(髄膜炎菌) 7日間。Streptococcus pneumoniae(肺炎球菌) 10〜14日間。Haemophilus influenzae 7〜10日間。Listeria monocytogenes 21日間以上。グラム陰性桿菌(大腸菌、クレブシエラなど) 21日間以上。Staphylococcus aureus(手術後/外傷性) 14〜21日間 。連鎖球菌(Group Bなど) 14〜21日間
●来院+髄膜炎を疑う ➡ 採血、尿培、血液培養 ➡ CTRX 2g(疑い具合によってはデカドロン投与)➡ CT ➡ 髄液検査 ➡ 検査結果確認し再アセスメント。


60〜120分:反応観察と再構築 「診断」から「方向性」へ

この1時間では、すでに介入した抗菌薬およびステロイドに対する臨床的反応を観察しつつ、同時並行で起因菌の情報(グラム染色、抗原検査、PCRなど)を手がかりに診療戦略の再構築を図る時間帯。
このペースでできれば流れは、かなり良いかなと思う。
ここでは「初期治療の有効性を評価し、必要なら調整する」。

✅ 治療反応の評価指標

  • 意識レベルの推移(GCSスコア):改善傾向があれば治療奏効の示唆となるが、急激な悪化は脳浮腫やヘルニアの進行を意味する。
  • 痙攣の有無/頻度:脳実質の炎症・浮腫が続く場合、発作は再燃しうる。抗痙攣薬(フェニトイン、レベチラセタム)を早期導入。

✅ 診断情報の集約と戦略の転換(De-escalation)

  • PCR結果:細菌性髄膜炎の確定に強く寄与。Listeria陽性例ではABPCやGMの併用も検討。
    髄液検査所見でウイルス性を疑い+PCRでヘルペスが出た場合は抗ウイルス薬のみも検討。
  • グラム染色陽性例:肺炎球菌あり=CTRX+Dexamethasoneの継続を支持する情報。

ここで重要なのは、「臨床反応」+「病原体情報」+「重症度評価」という3軸で、初期治療の成否を定義すること。


120〜180分~その先:個別化と合併症の予見 初療の先

治療開始から数時間を超えると、炎症の副産物としての合併症が顕在化してくる。この時間帯で求められるのは、「合併症の予測」「個別化したモニタリング計画」「中等度以上の例へのICU移行判断」。

意識レベルや痙攣の変化、バイタルはどうか?GCSの改善傾向が見られれば治療が奏功している可能性があるが、逆に急激な悪化があれば、脳浮腫やヘルニアの進行を疑う必要がある。
IDSAやUpToDateでは「症状悪化時の再評価」を推奨しており、3〜6時間で再CTが必要なこともある。治療後も意識回復が遅延する例では、脳膿瘍や水頭症、脳静脈洞血栓症の可能性を常に念頭に置くべきだ。

✅ 合併症のチェックとその理由(もはや、この項目は中長期的にも注意)

  • SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群):細菌性髄膜炎では約20%に発生。低Na+尿浸透圧高値で確認。水分制限などで対応。
  • DIC:髄膜炎菌では特に高率。血小板↓、PT-INR↑、FDP↑。出血傾向と血栓傾向の同時進行に注意。
  • 水頭症/脳浮腫:LPで高初圧が確認された例、または治療後も意識回復が遅延する症例では、脳CT/MRI再評価を推奨。

✅ 転帰改善のための次のステップ

  • ICU転床:GCS≦8、ショック、呼吸不全、痙攣頻発例では、積極的にICU管理を行う。
  • 抗菌薬の調整:培養同定後はMICに基づいてde-escalationまたはdose adjustmentを行い、薬剤性腎障害などを予防。

まとめ:細菌性髄膜炎初療における戦略的知性

  • 初療3時間は、「診断」と「治療」、「検査」と「決断」が重なる最も密度の高い時間軸である。
  • この中で臨床医が扱うのは、「情報が不足している中で、病態の進行速度とリスクを推論し、先手を打ち続ける」という極めて高度な戦略思考である。
  • 「疑って、調べて、すぐ動く」。この3点を繰り返す中に、脳を守る医療の本質がある。

そして——

この3時間の判断の連続は、あなたの手に委ねられている。CTを待つか、抗菌薬を打つか。検査に走るか、転送を急ぐか。そう、これはただの時間じゃない。これは、未来を変える分岐点だ。

あなたがもし、次にその決断を迫られたとき。
時計を見て、こう思い出してほしい——

「これは、俺の“3時間戦争”だ」と。(笑)

  1. 細菌性髄膜炎 診療ガイドライン 2014(成人編)日本神経感染症学会編発行:南江堂/2014年 
  2. 救急・集中治療での感染症治療ガイドライン 2021 日本救急医学会・日本集中治療医学会・日本感染症学会合同委員会 発行:医学書院/2021年 ※髄膜炎含む中枢神経感染症の初療戦略と抗菌薬選択について記載あり
  3. 日本化学療法学会「抗菌薬適正使用の手引き 第2版」 日本化学療法学会 抗菌薬適正使用推進委員会 編 公開:2022年 https://www.chemotherapy.or.jp/guideline/ta_manual_2022.pdf
  4. van de Beek D, de Gans J, Tunkel AR, Wijdicks EF.
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