超えてはならない熱の壁「重症熱中症の診断と治療戦略」

熱中症 救急診断フレームワーク

【プロローグ】超えてはならない熱の壁…40℃

蝉の声がガラス越しに震える溶けるような7月。
あなたが当直したERに、ハーフマラソン帰りの23歳男性が担ぎ込まれる。
意識は混濁し、意味をなさない言葉をつぶやき始めた。モニターの心拍は140/分、血圧は100/60 mmHg。ここで何よりも重要なのは「体温」と「中枢神経症状」。
(労作性)重症熱中症の定義は「深部温 ≧ 40 ℃ + 中枢神経症状」である。

 気象庁の観測史上、最高気温を更新した 2023 年。全国で91467人が熱中症で救急搬送され、死亡は1000人超。高齢者が6割、男性に多く、半数は屋内で自宅が最多、そう「屋内で倒れる時代」です。

ここでは「冷やせ、迷う前に─Cool first, think later」という、臓器障害の連鎖を断ち切る唯一の手段について、評価 ➡ 治療と順を追って勉強していこう!

1.病態 「”暑熱障害” と “脱水”の二重奏」

 熱中症は、①高体温そのものによる暑熱障害と、②大量発汗・末梢血管拡張に伴う脱水・循環血液量減少が絡み合い、多臓器不全へ雪崩れ込む症候群です。

・40℃を超えるとタンパク質の構造が崩れ、ミトコンドリアの機能低下、細胞障害→サイトカイン放出
・皮膚への循環シフト+発汗による脱水で前負荷は枯渇し、ショック:循環系の失速→腸管虚血→エンドトキシン流出→サイトカイン放出。
・高熱+内皮損傷でt-PAが放出→過線溶
・サイトカインによりPAI-1が遅れて急増 → 線溶停止、フィブリン温存
 ➡炎症と凝固は二重螺旋を描き、DICを介して多臓器不全へ。(重症熱中症の2-5割がDICに)


2.評価:誰が危ないのか? 何を測るのか?

2-1 ハイリスク群

熱中症は年齢や体力を問わず起こるが、とりわけ乳幼児・高齢者・アスリート・屋外労働者・避難生活者で発症率が高い 。病歴での危険因子は大きく二系統――

  1. 内的要因:低フィットネス、未順化、肥満、高BMI、薬剤(抗コリン、利尿薬)
  2. 外的要因:高湿度、保護具や防護服、連続勤務による蓄熱、補水制限

 これらが重なると熱産生>熱放散となり、中枢体温は加速度的に上昇します。

重症度分類2024で定義されたⅣ度というレッドゾーンがある。
「Ⅳ度:深部体温 ≥ 40 ℃ かつ GCS ≤ 8(あるいは表面体温 ≥ 40 ℃+GCS ≤ 8 のqⅣ度)」
Ⅳ度患者の院内死亡オッズ比はⅢ度の4.5倍、死亡率23.5%。
Active Cooling実施率90%でもこの数字。

J-ERATOスコアでは呼吸数 ≥ 22、SBP < 100 mmHg、HR ≥ 100、体温 ≥ 38 ℃、GCS < 15、年齢 ≥ 65 歳の6項目で院内死亡を予測しており、現場で「冷却+大量輸液」を迷わないための指標になります。
他に指標となるパラメータをいくつか挙げておきます。👇

評価項目ハイリスクの目安なぜ危険?
核心温 > 40.5~42 °C or 上昇が 60 分以上持続60 分を超えると死亡率急上昇、神経障害固定化高温曝露時間と細胞死は指数関数的に増大1)
GCS < 8永続的脳障害の予兆BBB破綻+脳血流低下2)
SBP < 90-100 mmHg ICU死亡率 ↑熱による末梢血管拡張+脱水3)
CK > 5,000 IU/L腎不全・高K血症リスク横紋筋融解による腎症
PCT 上昇・トロポニン I 陽性心筋障害を示唆炎症&心筋虚血のマーカー4)

※数値は主要観察研究・レビューを総合し、臨床閾値として実用的に改変。
1)DOI: 10.1056/NEJMra1810762・https://doi.org/10.1542/pir.2017-0322
2)DOI: 10.12659/MSM.939118
3)DOI: 10.4103/jfmpc.jfmpc_690_20・https://doi.org/10.2147/JMDH.S428617
4)DOI: 10.1136/emj.2010.107680・DOI: 10.1186/cc9034

2-2 深部温の測定

 FPHCは「38.5–40 °Cで症状を伴えば軽症、40 °C+中枢神経障害で重症」と閾値を整理し、“疑った瞬間に核心部温を測れ”と明言してくれています。
―直腸温>食道温>膀胱温>腋窩・鼓膜温―
 耳式や非接触型では高熱を見逃す確率が高いことがメタ解析で示され、FPHCは直腸プローブ15 cmが“Gold Standard”だ言っていますが私の施設は直腸温の場合も膀胱温の場合もあります。

2. 重症度をどう見抜くか ――“CNS first”
意識レベルのわずかな揺らぎこそ警報である。*「ACVPUで“A”以外は重症扱い」*というFPHCの割り切りは、臨床家の判断を迷わせない。 意識混濁、構語障害、歩行失調、錯乱――これらは体温が41 °Cに到達する“数分前”に出現し、腎・肝のマイクロサーキュラトリーな壊死が既に始まっている可能性を示す。
診断のリアリティ──“体温計の罠”を避けよ

  • 皮膚・耳介・額の赤外線計は信用しない
  • 直腸・食道・膀胱で連続モニタを。冷却開始後は外的・深部温の乖離が顕著となる。


ガイドラインは特定の血液検査閾値を重症度判定に用いる根拠を示していない。研究課題として「バイオマーカーによる予後予測」が挙げられるのみである 。
実臨床では CK、乳酸、Cr、AST/ALT を日常的に確認するが、「CK 10 000 IU/Lで必ず多臓器不全」などの“一線”はエビデンスが脆弱だ。したがって―

  • 核心温と経時変化
  • 意識レベル
  • 臓器障害の有無(腎・肝・凝固・中枢)

――を組み合わせ、動的にリスクを再評価するしかない。数値に絶対解がない以上、「時間内に温度を戻すこと」が最大の予後規定因子になる。

2-3 検査値で何を見るか

臓器リスク高値の目安病態の裏付け
肝障害AST/ALT > 200 U/L直接熱傷害+低灌流
腎障害Cre↑, BUN/Cre比↑横紋筋融解・脱水
DIC急性期DICスコア ≥ 4炎症性サイトカイン嵐

(閾値は施設の基準と臨床文脈で補正を)。

■ 検査値が語る“臓器の悲鳴”

 FPHCは数値閾値を明示しないが、実臨床では次の指標が“セカンドチェック”となる。

病態目安となる値病態生理のキーポイント
RhabdomyolysisCK > 5,000 IU/L筋裂解→ミオグロビン腎症
AKIクレアチニン > 1.5×baseline または尿量 < 0.5 mL/kg/h腎血流低下+ミオグロビン
肝障害ALT/AST > 1,000 IU/L温熱+低酸素による酵素流出
DICFDP↑, D-dimer↑, 血小板↓熱ショック蛋白とサイトカイン

 これらはCooling 後も進行しうるため、ICUでのシリアル測定が不可欠である。

第二章 評価:何を測り、どこで線を引くか

  1. 深部体温と神経学的破綻
    • 直腸温 > 40.5 ℃を超え持続すれば転帰は急落する。GCS ≤ 8 は脳浮腫進行の赤信号であり、迅速冷却が1分遅れるごとに神経後遺症のリスクが跳ね上がる。
  2. 臨床検査の“閾値”
    • CK 5 000 U/L を越える上昇は腎不全の予告状であり、1時間以内に尿量とアルカリ化を開始しなければ多発性管型尿細管障害が顕在化する。
    • AST/ALT の上昇が 1 000 U/L を超え、32〜48 時間でピークを取ると肝不全遷延のサインとなる。持続する高アンモニア血症は血液浄化療法の適応を示唆する。
    • PT–INR > 1.5、血小板 < 10 万/μL、FDPの上昇——これらはDIC移行の三点セットであり、早期の凝固因子補充+体温管理が不可欠。jaam.jp
  3. リスク層別化
    90日死亡を押し上げる独立因子として〈体温持続〉〈血圧低下〉〈血清クレアチニン上昇〉が挙がる。これらはいずれも「循環脆弱性」の裏面写しであり、評価のたびに“再帰的”に見直す必要がある。

3.治療:30 分以内に < 39 ℃――“冷却のゴールデンタイム”

3-1 冷却:Active Cooling の選択肢

  • 従来法:冷水浴、蒸散冷却、アイスパック、胃・膀胱洗浄等
  • 機器利用:水冷式ブランケット、血管内温度管理、ECMO など
     「冷蔵輸液を落とす」はPassive Coolingであり、本来のActiveには含めません。

目標体温と速度

  • 目標=38.0 ℃に到達するまで冷却を続行することを弱く推奨
  • 明確な速度設定にエビデンスは乏しいが、「30 分以内に1.5–2 ℃低下」を目安に臨床判断を。
  • 解熱薬(NSAIDs, アセトアミノフェン)は推奨されない—作用点が異なり、肝腎負荷も懸念されます。

3-2 輸液:脱水と腎虚血を叩く

  • 脱水・ショック例では等張晶質液を急速投与し、尿量0.5 mL/kg/h以上を目標に調整するのが実地のコア。
  • 横紋筋融解を伴う場合は最初の1時間に1–2 L/h、その後300 mL/hで維持とする報告もあります。
  • 適正初期量を規定するRCTはなく、患者個別の循環動態モニタリングが必須です。

3-3 凝固異常への目配り

 Ⅳ度ではDIC併発率33.7%。アンチトロンビンやrTM使用の有効性は未確立で、ケースバイケースで慎重使用と覚えておくに留めます。

3-1 アクティブ>パッシブ

SCCM は**“積極的冷却を受動的冷却より優先”**と強く推奨する(強い推奨/エビデンス確度:低) 。

3-2 冷やし方のヒエラルキー

優先度具体的方法期待冷却速度 (℃/分)解説
★★★氷水浸漬 1–5 ℃≈ 0.14最速・最短で < 39 ℃。スペースと人手がカギ
★★☆冷水浸漬 9–12 ℃≈ 0.11氷が足りなくても桶と水道水で代替可
★☆☆氷シート包巻、タープ法、冷却ベスト0.04–0.08資源制限下・搬送中の代案

目標

  • 冷却速度 ≥ 0.155 ℃/分――これを下回ると合併症と死亡が増える
  • 発症~30 分以内に < 39 ℃――30 分を超えるごとに死亡率が上がる

3-3 To-Do リスト(現場フロー)

0 min | 診断確定(核心温・意識評価)/バイタル線維化
5 min | 氷水槽 or 代替冷却を開始、深部温連続モニター
15 min | 気道確保+酸素 *悪寒抑制にミダゾラムⓘ
20 min | 補液(等張晶質液 20 mL/kg 目安)開始
30 min | < 39 ℃ 到達確認→浸漬終了、温度リバウンド監視

30 min | 臓器サポート(腎/凝固/脳)・ICU入室判断

生理学的裏付け
皮膚血流シフトと蒸発熱喪失により深部温勾配を拡大し、体熱を外部へ流出。氷水は水の熱伝導率が空気の約25倍であるため、同時間あたりの熱放散量が最大化される。

3. 治療 ――“First, cool them where they fall”

 搬送より冷却が先。これはACLSで言う“電気ショック優先”と同義だとFPHCは強調する。

  1. Cold Water Immersion (CWI) が王道
    • 首まで浸漬し0.15 °C/分以上の冷却速度を狙う。
    • 38.5–39 °Cで終了し、再上昇を30分監視。
    • 心房細動など重度不整脈がある場合は慎重に。
  2. S3F(Shade, Strip, Spray & Fan)
    • CWI不可能あるいは軽症例で使用。
    • 水霧+強力送風で蒸発潜熱を奪う。
  3. 何をしないか
    • アセトアミノフェン・NSAIDs:発汗阻害と肝毒性懸念。
    • ダントロレン・ステロイド・抗菌薬:現時点で生存利益なし。
    • 冷却目的の静脈ライン確保:“ラインの一分が体温の一分”、開始を遅らせるなら後回し。

■ 生理学的裏付け

 深部体温40 °Cを越えると細胞膜は液状化し、ミトコンドリアはATP産生を放棄、カルシウム流入が引き金となりアポトーシス/ネクローシスが雪崩れ込む。CWIの急速冷却は“膜流動性の揺らぎ”を瞬時に押さえ込み、熱ショック蛋白の過剰発現を防ぐ。さらに皮膚血流再分配により内臓灌流が回復、AKIや肝壊死を最小化する。

4-1 冷却(T0–30 min)

手技冷却速度Why it works/限界
全身氷水浴(CWI)≥ 0.15 °C/min(生存 100 %報告)伝導冷却の王者。だがモニター・気道確保が難しい。
アイスシート+送風0.10–0.16 °C/minスペース不要、除去容易。CWI 非対応施設で実用的。
4 °C 冷却輸液(30 mL/kg)0.05–0.08 °C/min(単独では遅い)体内からの伝導冷却+前負荷補充。一手目より“併用技”。

コツは 「0.155 °C/min以上を目指す多重攻撃」。唯一の禁忌は“もたもたすること”だ。

4-2 循環管理(T30–90 min)

  1. 初期輸液
    • NaCl 0.9 % を 1–2 L ボーラス
    • 末梢還流が戻らなければ Ringer乳酸/アセテート でバランス補正
    • CVP・エコー(IVC collapsibility, VTI)を頼りに過補液回避
  2. バソプレッサー
    • MAP 65 mmHg 未満 or 血圧反応乏しい場合、ノルアドレナリンを 0.05 µg/kg/min〜
    • 収縮期機能低下+高SVRなら ドブタミン 併用を検討

4-3 合併症ブロック(T90 min〜)

臓器介入ターゲット
ICP 想定し CPP > 60 mmHg、必要ならミダゾラムで抗痙攣/鎮静
尿量 > 1 mL/kg/h を死守。CK > 5,000 IU/Lならマンニトール・利尿でミオグロビン洗浄
AST/ALT トレンド化。急性肝不全パターンなら N-アセチルシステインを考慮
凝固DIC マーカー(PT, FDP, PLT)連続モニタ。早期の血漿/血小板補充+必要なら抗トロンビン製剤

薬物療法への高い期待は禁物──ダントロレンは有効性証明なし、NSAIDs/アセトアミノフェンは無効で有害。


薬物治療:やらない勇気

  • ダントロレン――3 RCT のメタ解析で生存利益なし、冷却時間も短縮せず。むしろ高価かつ筋弛緩による誤嚥リスクが懸念されるため使用は推奨されない(強い推奨・エビデンス低) 。
  • 解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン/NSAIDs/サリチル酸)――発汗中枢を抑制し得る一方、有効性データは皆無で腎障害・肝障害を助長する恐れ。** routine での投与は避けるべき** 。
  • 抗菌薬・抗けいれん薬の予防投与――現時点では“研究下のみ”が妥当と明示 。

1. 冷却は“現場で完結”させる

日本救急医学会ガイドライン2024は冷却速度≥0.15 ℃/分を「弱く推奨」し、速度が遅い症例では合併症が4.6倍増えたと警告する。目標深部体温 38.0 〜 38.5 ℃——ここが逆転のゴールラインだ。jaam.jp

  • 労作性なら氷水浴に勝る方法はない。冷水浸漬で 0.20–0.35 ℃/分 の冷却を達成し、“cool first, transport second” を鉄則にする。
  • 高齢の古典的症例では、導入路を確保して4 ℃の生理食塩水 1 L を30分で注入しつつ、扇風機+湿性ガーゼで蒸発冷却。心不全リスクが錯覚させるが、体温と血圧のどちらを守るかの天秤で「体温」が勝つと心得る。

2. 循環と腎を守る輸液

ガイドラインは初期輸液量を明示しないが、ショックなら乳酸を含まない等張晶質液 30 mL/kgで中央静脈圧を回復させ、尿量 0.5 mL/kg/h を維持するまで継続を推奨する。横紋筋融解を伴えば最初の1時間に 1–2 L/h、その後 300 mL/h が目安。jaam.jp

3. 凝固・炎症連鎖の遮断

DIC治療薬(トロンボモジュリン・アンチトロンビン)はエビデンスが乏しく推奨不能だが、PT–INR ≤ 1.5を狙ったFFP補充フィブリノゲン ≥ 180 mg/dL を保つクリオ投与が現実的な一手。jaam.jp

4. CNSの守り

GCS < 8 では即挿管し、PaCO₂ 34–36 mmHg の緩徐過換気に保つ。頭位45°で脳静脈還流を促進しつつ、3%食塩水100 mLボーラス or マンニトール 0.25 g/kg を選択。体温制御が進むと脳浮腫はみるみる収束する。

5. “冷却後”の長い夜

48 時間までは12時間毎、以後96 時間までは24時間毎にCK・LFT・凝固・クレアチニンを再評価する。遅発性肝腎・神経障害を拾い上げ、エンドトキシン暴走による二峰性悪化を摘み取る。


5.結語:治療戦略は“温度”ではなく“時間”で設計する

熱中症診療のキーフレーズは——

“秒で決め、分で冷やし、臓器を守る”

30 分以内に < 39 ℃。それが唯一確立した予後改善策であり、他の検査値はその成否を測る“後追い指標”に過ぎない。
最新ガイドラインは冷却法の序列を明確にし、「何をしないか」(ダントロレン・解熱薬)も提示した。数値に惑わされず、時間軸でプロトコールをシンプルに設計することが、レジデントが明日から実践できる最短距離の戦略である。

**WBGT 28 ℃**は危険の黄信号、**35 ℃**は“屋外活動回避”の赤信号。

暑熱順化(数日〜2週間の段階的運動負荷)は発症率・死亡率低下が示唆されるも、エビデンスはまだ“非常に弱い”――しかし現場感覚としては取り組む価値大です

5.予後とその指標

  • 冷却開始から 60 分以内に < 40 °C:神経後遺症 30 %→10 %へ低下。
  • SOFA > 12J-ERATO ≥ 5 は死亡率を 3 倍に跳ね上げる。
  • 96 時間後に臓器障害が残存すれば、長期 ADL 障害リスク大。

退院後と二次予防

熱中症は「治ったら終わり」ではなく、回復期の死亡率が一般人口より高いとの報告がある。退院前に①暑熱曝露履歴の棚卸し②服薬調整(β遮断薬・利尿薬・抗コリン薬の見直し)③運動耐熱試験での再曝露評価を行い、次の夏に同じ悲劇を繰り返さない体制を敷く。

結 章――レジデントへのメッセージ

 熱中症は「ただの脱水」ではなく、時間依存性の多臓器障害
 評価は“温度・意識・臓器”の3点立ち、リスクを数字で語れるレジデントこそ、救命の最前線で信頼される存在です。
 冷却の手が迷ったら――“38 ℃まで止まるな”。輸液の指標に迷ったら――“尿量を見よ”。
 次の酷暑の日、あなたが放つ一滴の冷水と一袋の輸液が、患者の未来を涼しく塗り替えます。

4. ER to ICU ――“最初の30分”が予後を決める

 ■ 気道 GCS<8なら早期挿管。ただしスキサメトニウムは術後発熱を増悪させうるため非脱分極性筋弛緩薬を選ぶ。
 ■ 循環 クッシング反応様の高血圧はまれで、大抵は相対的循環不全。最初の輸液は0.9%生食20 mL/kgを上限に、低Naを疑えば慎重投与。
 ■ 腎・肝 CKやトランスアミナーゼは最初正常でも6時間後にピークを迎える。ICUでは12時間ごとの検査と電解質マネジメントが肝要。
 ■ 神経 熱性脳症の痙攣にはベンゾジアゼピン第一選択。高体温期の抗痙攣薬濃度は変動しやすいので注意。

5. 予防とシステム ――“戦わずして勝つ”

 軍隊から市民マラソンまで、イベント側が“直腸温計とCWI槽を持つ”ことがアウトカムを劇的に改善する。FPHCは、大規模イベントでは医療計画に冷却能力とスタッフ教育を明文化せよと勧告する。

6. 結語 ――“熱は敵だが、時間は味方にできる”

 熱中症は決して“炎天下の高齢者”だけの病態ではなく、ERに走り込む若者の臓器をも奪う“時間依存性中毒”だ。直腸温を測り、冷却を開始し、38.5 °Cで止める――その一連の流れを30分以内に完遂できるか否かが生死を分ける。

 あなたの手には、既に“核心部温プローブ”と“CWI槽”という名の鍵がある。あとは迷わず扉を開け、患者を灼熱から救い出してほしい。
終章:レジデントへのメッセージ

熱中症は「夏の風物詩」ではなく、「最速の全身炎症シンドローム」だ。診断は温度計より先に疑念から始まり、治療は教科書より速く動く手から始まる。あなたが氷水に手を浸した瞬間、患者の脳細胞が救われるかもしれない。

次の出動ベルが鳴る前に、**“冷やす算段”と“循環を守る算段”**を頭の中でシミュレーションしておこう。臓器は待ってくれない。

結 語:30分の介入が、夏を無害化する

熱中症は「天気のせい」ではなく、時間との競走で決まる疾患である。測るべきは熱環境ではなく、あなたが“最初の0.15 ℃”をどれだけ早く削るか。評価の眼と生理の理解があれば、京都の真夏ですらICUの物語はハッピーエンドに書き換えられる。明日また救急車が到着しても、あなたのアイスバスと30分の科学が、患者を炎熱から引き戻すだろう。

参考:
〇熱中症ガイドライン2024
〇FPHC Exertional Heat Illness Consensus Statement 2024」(November 2024)
〇(SCCM “Guidelines for the Treatment of Heat Stroke” (Crit Care Med 2025))

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