「先生、明日の点滴のオーダーがまだ出てないんだけど?」と看護師さんに言われて「ごめん、ごめん。すぐオーダーする。」といつもの一幕。
点滴・輸液といえば、思い出す光景がある。
若い頃、ある島の病院で「先生、体調が悪いから、なんか元気出る点滴でもしてくれねえか?」と笑顔で病院に世間話をしにくる独居のおばあさん。「ん、元気そうだけどな」と診察をしながら、病院のベットに横になってもらって、ビタミン剤(色付きの薬剤)をブドウ糖液に入れて点滴する。
「島のおばあさんと点滴」という僕の心象風景に輸液の選択根拠は不要なのですが、救急の臨床現場では輸液を選択する上で知っておくべき知識は確かに存在するわけです。
特に日本は輸液の種類が多すぎ・・・。
➀ 膠質液か、晶質液か、それが問題だ。
後述するが基本は細胞外液の補充、有効な循環血漿量を担保するために使用される輸液。
理論上は膠質液の方が血管内に残りやすいため、循環血漿量維持にはよさそうである。
しかし、侵襲下では血管内皮(グリコカリックス)の損傷で膠質成分も血管外に漏れることが言われており、先行研究でも膠質液使用が晶質液使用よりも予後を改善させるというエビデンスはないでんすという現状でんす。
つまり、値段、副作用の観点から基本、晶質液が輸液蘇生としては第一選択。
あとは個々の患者の診断、状態により決定する。
膠質液の代表格はアルブミン製剤、HES製剤(ボルベン®、ヘスパンダー®など)です。
【HES製剤】
手術室での短時間使用において一時的1000ml/dayなど制限はあるが使用される場面はある。エビデンスも考慮され適正使用の指針としてアルブミン製剤の適応がより限定的とされているからっというのもある。しかし、AKI、腎代替療法の必要性をわずかに上昇させること、重症敗血症患者においての使用では90日死亡率上昇、赤血球輸血増加との関連も報告もあり有効なエビデンスも少ないことからER・ICU領域では、まあ使用しないことになると思う(6S trial 1)、CHEST 2))。
あえて公平に言及すると高炎症状態(グリコカリックス障害あり)ではない患者や腎臓不全リスク、血管リスクの高くない患者の手術、出血に対して使用する場合そこまで悪さをしないかもしれないので一概に悪とは言い難いということ。ただし、使うなら 10%(分子量200/置換度0.5)HES より日本の規格のように、 6%HES(130/0.4: ボルベン® ) 、 6%HES(70/0.55: ヘスパンダ-® ) の方が副作用自体は少ないといわれている。
【アルブミン製剤 (5000円前後)による輸液蘇生】
・SAFE studyにて4%アルブミン vs 生食 生命予後に有意差なし
(relative risk, 0.87; 95%CI, 0.74-1.02 ; p=0.09)
・重症頭部外傷患者には使わない:細胞障害性浮腫の増悪→頭蓋内圧亢進を助長する可能性あり、2年後のアウトカム(死亡)の悪化が報告されている3)(relative risk, 1.88; 95% CI, 1.31-2.70; p<0.001)
・重症敗血症患者においては28日アウトカム(死亡)改善の報告あり4
(死亡の調整オッズ比 albumin versus saline 0.71 (95% CI: 0.52-0.97; p = 0.03).)→輸液の減量、血圧維持に寄与、ショック患者の予後改善あり。生命予後は同等か、やや改善
・肝硬変に伴う難治腹水、腹水穿刺排液後の循環維持/死亡率低下、特発性細菌性腹膜炎患者の循環維持/肝腎症候群の発生抑制、肝腎症候群治療としてのアルブミン+ノルアド:これらは現段階でエビデンスを有している
・重症熱傷患者+受傷18時間以上経過+Alb 2.0g/dl に投与考慮してもよい
・輸液総量を抑えられる可能性:集中治療領域では過剰輸液は避けるべきとされている。いかに最小限の輸液で、循環を維持し臓器障害を起こさないようにするかが重要で今後の研究に期待!
② 晶質液の種類と選択はでは組成と体内分布
救急現場で まず知っておく晶質液は乳酸(酢酸、重炭酸)リンゲル液、生理食塩水、1号液(開始液)、3号液(維持液)、5%ブドウ糖液(自由水的液)かなと思います。知るべきは組成とどれくらい血管内に残るのかです。
人体の60%を占める水分は細胞内液、間質液、血漿に大きく分けられる。血管内には血漿だけでなく赤血球など細胞も存在するのだが簡易的に図1のように分布を考えてください。
細胞内:間質液(細胞外):血漿(細胞外)=8:3:1の分布しておりスターリングの法則、浸透圧で各隔たりを水分が移動することとなります。
「では輸液を1000ml投与したら計算上どれくらい血管内に残るのか?」
→生食なら250ml、5%ブドウ糖液なら83ml
hypovolemic shockの患者には外液を、心不全であれば5%ブドウ糖液を使用するのは血管内量負荷を考慮してというわけである。
輸液が細胞外液であったとしても20ml/hr程度の輸液を心不全患者に短時間したとしても病勢に悪影響ではないのであくまでも意味を知って選択すればよい。
その他の輸液は「生理食塩水とブドウ糖液をどの比率で配合したか?」「カリウムが含まれているかどうか?」というふうに考えるとわかり良い。製剤によるが開始液は生食➌ +5%ブドウ糖液➋ の混合で、維持液は生食➊+5%ブドウ糖液➍ の混合となっていることが多い。その比率から計算して開始液は183ml/1000ml、維持液は116ml/1000mlくらいが血管内に分布すると考えればよい。
生理食塩水と〇〇リンゲル液
正直、循環維持の観点ではどちらを使用してもよかったりする。
それぞれの輸液製剤の大きな特徴をまとめておく。
生食:〇〇リンゲル液よりNa+とCl-が多く含まれる。ここで問題になってくるのが高Na、高Cl。
特に高Clは注意:Cl– 増加→陰イオンの平衡からHCO3–低下→アシドーシス
〇〇リンゲル液:アルカリ化剤として使われている乳酸、酢酸、重炭酸は体内でHCO3–となる。
乳酸は肝臓で主に代謝されるので肝機能障害のある患者では使いにくいことは覚えておこう。
乳酸リンゲル:ハルトマン、ラクトリンゲル、ラクテック、ソルラクト、ポタコール
(デキストラン、ソルビトール、ブドウ糖負荷など様々)
酢酸リンゲル:ソリューゲン、ソルアセト、ヴィーン、リナセート(F:糖なし、D:糖あり)
重炭酸リンゲル:ビカーボン、ビカネイト
特徴を比べると僕は現場では酢酸リンゲル液を使うことが多い。
患者の状態を把握する
前述の「 膠質液か、晶質液か」「血管内にどれだけ残るか」を踏まえた上で一番重要なのは患者状態ということになる。
「脱水でもNaも相対的に少ないので血清Na:154 だけど細胞外液を使おう」とか「ACSの患者でも1/4は血管内ボリュームが少ないとされる」「ACS患者は心不全リスク高い」とか「初期輸液投与1000ml投与したので過剰輸液にならないように基礎疾患を念頭にアルブミン投与を適応」とか「最初は心不全だと思っていたが肺炎で脱水であった」とか。
患者のフェーズや診断により、その都度どの輸液を使用する検討することが重要である。
一辺倒に輸液を選択するのではなく、患者の状態と経時的に会話して輸液種類、輸液速度を変更することが必要。少量であれば細胞外液でも心不全の助長を最小限にできるし、輸液しないでルートだけ確保して対応できるようにするでもいいんだなっと思っておけばいいと思う。
とりあえず〇〇と言わないためにこだわる姿勢
救急領域とくに初療が行われるERでは輸液のデフォルトが「生理食塩水」「〇〇リンゲル液」っと決まっていることが結構ある。量を増減すれば正直どの輸液を選択しても全く問題ないのであるがこだわる姿勢は大切かなと思っている。神は細部に宿る(God dwells in the details!)のである。
僕は救急隊からの搬送依頼があった時点である程度状況を鑑みて準備輸液を「〇〇リンゲル液」「開始液」「5%ブドウ糖」と3つで使い分けている。
自分の中でその都度選択理由をなるべく言えるようにして、輸液こだわること、また患者の状態アセスメントで躊躇なく変更することこれが、僕なりの”願掛け”である。
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- SAFE Study Investigators, Finfer S, McEvoy S, et al. Impact of albumin compared to saline on organ function and mortality of patients with severe sepsis. Intensive Care Med. 2011;37(1):86-96. doi:10.1007/s00134-010-2039-6
- 白戸亮吉,小川由香里,鈴木研太/著. 生理学・生化学につながる ていねいな生物学. 2021年02月19日発行 B5判 220ページ ISBN 978-4-7581-2110-1 羊土社
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