はじめに
「大腿は最後の手段」という言葉をある一方、救急外来では意外と閾値が低く穿刺されます。
看護師の「採血とれないんで鼠経からお願いします。」からの研修医の「動脈穿刺します。」のやりとり、ままある光景。ERでは容易に採血できあない難易度の高い患者さんも多く、何回も刺されるより、1回の方が・・・という考え方もあります。
鼠径部穿刺はアクセスが良く、医療者としては手軽かつ必須手技です。
ただし、
「感染」「動脈を誤穿刺」「後腹膜血腫」とリスクはある。どう位置づけるか?
この記事では、鼠径部穿刺の「いつ・なぜ・どこに・どうやって」と穿刺のコツを一気に整理します。
合併症の話もエビデンスごとに。読み終えたとき、あなたの針の一刺しを変えます!
❶ いつ刺すのか:適応と臨床判断
まず前提として、「なぜ今、大腿なのか」を言語化してみましょう。
「末梢・採決が取れなかったから」は出発点であって、理由ではありません。
静脈路確保が目的のとき
末梢静脈路確保、採血ができない状況は救急外来では日常。
ショック・低体温・肥満・慢性静脈炎・長期透析歴……理由は様々ですが、「時間をかけて探す猶予がない」と判断した瞬間が、大腿静脈の出番になります。
静脈路確保の場合は骨髄路という選択肢も常に念頭に置くべきですが、大口径の輸液路が欲しいとき、特に大量輸血が必要な外傷症例(骨盤、腹部外傷では議論はあるが)では、大腿静脈にシースを入れることも選択肢となります。
心肺蘇生中、胸骨圧迫を続けながら鎖骨下静脈や内頚静脈を穿刺することは、現実には難しく、胸骨圧迫の邪魔をしないという点で大腿動静脈は良い穿刺部位です。蘇生の邪魔をしないという強みはありますが大腿静脈路は薬剤到達に遅延が生じる可能性が指摘されてるため、アドレナリン投与後に20mLのフラッシュを行うこと、そして可能であれば上肢への切り替えを検討しつつが選択します。
動脈路確保が目的のとき
観血的動脈圧モニタリングや頻回の動脈血ガス採取には動脈ラインが必要になります。通常は橈骨動脈が第一選択ですが、末梢循環不全・橈骨動脈カテーテルの既往・シャント造設歴などで両上肢が使えない状況では大腿動脈が候補に上がります。REBOA・IABP・ECMO・血管造影・カテーテル治療のアクセスとして大腿動脈が選ばれるのも、救急・集中治療の現場ではあるあるです。
頚椎損傷疑い・上半身熱傷・上大静脈症候群
頸部固定が必要な症例に内頚静脈穿刺を強行するのは危険です。上半身広範囲熱傷や上大静脈症候群では鎖骨下・内頚静脈からの輸液が解剖学的・病態的に不適切になります。
こういった状況で大腿は「やむを得ない選択肢」かつ「正しい選択肢」です。
❷ 解剖を理解する:VANと大腿三角
針を刺す前に、頭の中に立体地図を入れておくのが上手くなるコツです
大腿三角(Femoral Triangle)
大腿三角は簡単に言うと鼠経靭帯ー縫工筋ー長内転筋でできる三角。この三角形の中に、大腿血管と大腿神経が走る。
外側 → 内側
N A V L
神経 動脈 静脈 リンパ管
と覚えたり、僕はコマネチのポーズをして内側からVANという覚え方をしている。ま、ともあれ「動脈の内側に静脈がある」「神経があるから損傷に気を付ける必要がある。」っということを覚えておく。
鼠径靱帯と鼠径溝:重要ランドマーク
鼠径靱帯は前上腸骨棘と恥骨結節をつなぎます。大腿血管と外腸骨血管の境界です。
重要な点は、鼠径靱帯が皮膚の鼠径溝と一致しないことです。皮膚の溝は患者の70%以上で靱帯よりも尾側にずれており、靱帯からの距離は平均1.8cmも離れているとされる(PMID:15900552)。
「溝の上が安全」と思っていると穿刺部位を誤ります。皮膚の可動性にも注意が必要で、牽引・重力・体位変換によってランドマークが数cmずれる。つまり靱帯より2cm尾側の穿刺点を決めたら、持続的な触診のもとで動かさないのが良いかなと思います。
総大腿動脈(CFA)の走行と安全域
総大腿動脈は鼠径靱帯の下を通り、大腿三角を下行します。長さは2〜7.5cmと個人差があり、また大腿骨頭の内側部の上を走行し、この部分で骨と挟み込むように圧迫・触知が可能になります。
安全な穿刺部位は鼠径靱帯から約2〜3cm尾側です。この部分が大腿動脈拍動を最も明瞭に触れる点に相当します。
穿刺が低すぎると(浅大腿動脈・深大腿動脈の分岐以遠)、仮性動脈瘤・血腫・動静脈瘻・下肢虚血のリスクが増します。CFAの分岐以遠では血管壁が薄く、骨に対して圧迫できないため止血も困難になるからです。
逆に穿刺が高すぎると(下腹壁動脈起始部付近以上:靱帯より中枢)、後腹膜血腫のリスクが高まります。後腹膜血腫はほぼ例外なく、骨盤縁の上方・後腹膜腔内に位置する部位で後壁穿刺され生じます。
垂直に刺さない限り、皮膚穿刺点と動脈穿刺点はずれます。 針を45°で頭側に向けて進める場合、皮膚の刺入点は目標動脈穿刺点より尾側に、動脈深度と等しい距離だけ離れた位置になります。(ピタゴラスの定理)。エコーがあれば血管深度を直接計測できるが、ランドマーク法では強い拍動を触れるために必要な圧迫の深さで推定するという若干、職人的な経験値が必要となります。
総大腿静脈の位置
鼠径部の大腿静脈は大腿静脈のすぐ内側を走行します。大腿動脈穿刺と同じ高さを動脈を触れてよけるように内側穿刺するイメージです。エコーでできれば理想です。大腿動脈拍動が触れる場合は、その1cm内側が静脈の位置になります。
❸ メリットとデメリット
構造的なメリット
大腿血管のメリットは解剖の安定性にあります。ランドマークが明確で、体表からの距離が近い。何より、気胸も血胸も生じない。これは鎖骨下・内頚静脈と決定的に異なる点です。穿刺失敗時も体表で圧迫しやすく、止血も比較的容易だというのは構造的なメリットです。
感染率の話
「大腿は感染率が高い」という印象は根強い。事実、大腿部穿刺と中心静脈カテーテルは他の部位の採取と比べ、コンタミ率が高かった(Ota et al., 2021, Scientific Reports Vol.11, No.1, pp.1–6)。
基本、部位よりも採取の仕方が重要だと僕は思っているが肘窩からが一番クリーンな穿刺と言える。
【参考】
ルートとして、中心静脈カテーテル、シース、ロングのプラスチックカニューレを入れる場合は長期になると感染率が鼠径部は上がる、かつ元々不潔度の高い部位であろうことから消毒はアルコール綿よりポビドンヨードが、さらにそれよりはクロルヘキシジンが良いと思います。
合併症の頻度を把握する
大腿動脈穿刺関連の合併症発生率は、診断的血管造影で0.44〜1.8%、インターベンション手技では最大4%程度と言われています。逆にいえば95%以上は合併症なく終わる手技であるし、ただの採血手技だけなら、こわがる必要はないと思う。
穿刺時の合併症の一番のリスク因子は穿刺部位の選択ミス。最もよくある原因は不適切なアクセス部位と解剖学的認識の誤りとされています。技術の問題だけでなく、解剖はしっかり知っておいて欲しい。
あと少し気になることを1点。今まで問題になった実体験はないのだけど採血動脈穿刺で圧迫止血「1分くらいしかしてなくね?」っていう人が多い。しっかりしたエビデンスに基づいた圧迫止血時間はなかったが種々のテキスト、ガイドラインでは圧迫3分後、止血確認。時間に追われる忙しい状況下、意外と長い3分の体感。
しかーし、正常の出血時間でも3~5分なのですから、5分前後は圧迫ちゃんとしたほうがいいっす。
❹ 合併症のチェック、対応
穿刺後の合併症は起こさないことが一番重要だけど、起きてしまったら「自分で起こして自分で見つける」のがお医者さんの矜持。
超音波は診断のファーストラインになる。各合併症のエコー所見を知っておくことは、穿刺手技と一体で学ぶべきこですのでご紹介。
血腫
最も頻度が高い。穿刺部位周囲の軟部組織への局所出血で、臨床的には拍動のない腫瘤または皮下血腫として現れる。
【エコー所見】
出血時期によって変化しますが、嚢胞や充実性腫瘤と誤認されるような構造物。中間期の血腫は周囲組織と等輝度になり描出しにくい。カラードプラで内部血流シグナルがないことが仮性動脈瘤との決定的な鑑別点。基本経過観察し、2-3週間の消失経過を確認する。
仮性動脈瘤
カニュレーション時の外傷による動脈壁裂傷を契機に、動脈外膜と中膜の間に血液がたまった状態で発生率は経皮的動脈・冠動脈手技全体の0.05〜0.50%と低い。でも破裂・血栓塞栓症・隣接神経血管構造への圧迫・皮膚壊死などの重大な合併症リスクがあるので重要な合併症。リスク因子は低い穿刺部位(圧迫不足)・大口径シース・抗凝固療法・高齢・高血圧。
【エコー所見】
yin-yang sign(陰陽サイン):カラードプラで仮性動脈瘤内に双方向性の渦巻き血流パターンが映る。もう一つはto-and-fro pattern:スペクトルドプラで動脈本幹と仮性動脈瘤嚢をつなぐ交通路(neck)に「いったりきたり」往復波形が確認されます。
治療の選択は大きさで決まります。2cm以下で無症状なら自然血栓化を期待して経過観察。それ以上では介入が必要になることが多いです。現在の第一選択は経皮的エコーガイド下トロンビン注入で成功率96%とされ、エコーガイド下圧迫の74%を大きく上回ります。ただし交通路(neck)径が1cmを超える場合はトロンビンが血中に流れ、遠位塞栓リスクがあり相対禁忌となります。
僕はシース抜去後の仮性瘤の経験しかないのですが、エコーガイド下でひたすら圧迫。圧迫。圧迫で改善したので良かったです。
動静脈瘻
針穿刺による同時動静脈損傷によって形成される動静脈間の交通路。複数回の穿刺試行・動脈後壁穿通・大口径穿刺針の使用がリスクを高めます。臨床的には穿刺部位に触れる震えと聴こえる雑音として現れるとのこと。スリルですね。
【エコー所見】
カラードプラの主要診断基準は3つ。
供給動脈での低抵抗・高抵抗血流の混在パターン
流出静脈での動脈化高速血流波形
動静脈接合部での乱流高速血流スペクトル
小型・無症状の動静脈瘻は自然閉塞しやすいので経過観察が基本で、それ以外はエコーガイド下圧迫・血管内治療・外科的結紮が選択される。といっても私経験ございません。
後腹膜血腫(Retroperitoneal Hemorrhage)
エコーでも「見えない」合併症。心臓カテーテル後の発生率は0.15〜0.5%と低いが、死亡率は6.6%と高い。リスク因子は抗凝固療法・高血圧・高位穿刺・大口径シース。ECMO症例ではたまに起きうる。普通の採血大腿動脈穿刺で見たことがあるのは1回のみ比較的少量で落ち着いたが、それを見てから「安易に鼠経部動脈採血」の怖さを啓蒙しております。
後腹膜血腫はほぼ例外なく、下腹壁動脈起始部付近つまり鼠経靭帯より頭側での動脈穿刺から生じる。骨盤骨折でFAST陰性であることからも周知であるがエコーで診断できないことが多い。
ヘモグロビンの変な低下・起立性低血圧・同側の側腹部痛で疑う。一般にCTで「あれ、これ穿刺部血腫?」っと指摘されれる症例が多いと思う。
大多数は保存的管理で対応できるが、止血にコイル塞栓・ゼルフォーム塞栓・外科的修復が必要になることもある。
おわりに
けっこう手技先行型に実務から入る救急外来。
適応を言語化し、解剖を体で覚え、合併症を数字で知り、管理まで考えることが大切。
それがただ「刺せる」ではなく「使いこなす」ということにつながります。
参考文献
- Timsit JF, et al. N Engl J Med. 2012.
- Chun EJ. Ultrasonographic evaluation of complications related to transfemoral arterial procedures. Ultrasonography. 2018;37(2):164-173.
- Carleton S. The Anatomy of Femoral Vascular Access. Taming the SRU. 2018.
- O’Grady NP, et al. CDC / HICPAC Guidelines for Prevention of Intravascular Catheter-Related Infections. 2011 (updated 2017).
- Lamperti M, et al. International evidence-based recommendations on ultrasound-guided vascular access. Intensive Care Med. 2012.

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