「とりあえず」の一言に詰まっているもの
深夜2時の救急外来。40代男性、腹痛。バイタルは安定していて、お腹は柔らかい。研修医が言う。
「採血は生化、CBCで~。あと・・・とりあえずCTは撮ってからホールディングで結果待ちで。」
僕はとりわけ、この「とりあえず」が嫌いである。
たしかに正直な言葉だと思う。見逃したら怖いし、帰したあとに何か起きたらと思うと不安になる。医師なら誰もが抱えるこの不安が、この5文字にぎゅっ~と圧縮されている気がする。
なぜ僕がこの「とりあえず」を毛嫌いするのか。。。
たぶん、この「とりあえず」は僕の中にも存在し、論理的まにまにとは裏腹に歓迎しているからなのだろう。
この記事では「とりあえずCT」をほどいて、中身を一つずつ机の上に並べてみたい。
コロナ禍で加速した「とりあえず」。CTは何を減らし、何を増やすのか。なぜ僕らは撮りたくなるのか。そして、コンサルトする側とされる側のあいだで起きている、少し居心地の悪い力学について。
結論を先に言っておく。CTは悪くない。悪いのは、問いを持たずに撮ることだと思う。
コロナが下げたCTの閾値
日本は「撮れてしまう国」。
人口100万人あたりのCT台数は115台を超え、OECDの統計で断トツの1位である(OECD Health at a Glance: Asia/Pacific 2024)。事実、ERで撮りたいと思えば、たいてい数分後には撮れている。
そこにコロナが来たもんだから困ったもの。
僕もたくさん経験した。
呼吸音も特記ないし、レントゲンで何もない。でもCTを撮ると映るあの嫌な「影」。
僕らの最優先事項はコロナを不用意に病棟に入れないことだった。発熱があれば胸部CT。入院前には全員スクリーニングCT。多くの病院でそれが「標準」になった時期があったと思う。
コロナの診療には、少なくとも4つの問いがあった。
➀感染しているか。②肺炎があるか。③重症か。④合併症があるか。
CTが得意なのは後ろの3つ。
CTは肺の「影」を見る検査であって、ウイルスを見る検査ではない。ところが入院前スクリーニングでCTに求めたのは、1つ目の「感染しているか」。
感染していても、影が出ない人が多い。 ダイヤモンド・プリンセス号でPCR陽性が確定した104人を調べた研究でも、無症状患者の76人のうちCTに影があったのは41人(54%)。残る46%は、感染しているのにCTが正常; https://doi.org/10.1148/ryct.2020204002。
感染が確定した集団ですらこうなのだから、CTでスクリーニングは出来ないはずである。
有病率が低いと、偽陽性がめちゃ増える。 CTで見える「コロナらしい影」は、他のウイルス性肺炎や間質性肺炎とも似うる。感染者がほとんどいない集団で撮れば、当たり前だけど見つかる影の大半はコロナ以外のもの。2020年4月から2021年3月までの1年間、国内のある病院で、入院前の無症状患者10823人全員にPCRと胸部CT検査をしたというやつ(PMID: 35581125)。
無症状の10823人のうちPCRで感染とされたのは 20人(0.18%)。っで、20人のうちCTで肺炎があったのは8人。逆にPCR陰性で感染なしと判断されたのにCTで肺炎を疑われたのは185。無症状でだ。
言い方を変えると、CTが「コロナ肺炎かもしれない」と判定したのは193人(8+185)。
そのうち本当に感染していたのは8人、わずか4%だった。しかも偽陽性の185人のうち56人は入院や治療が延期され、その延期は中央値で28日となったというから困った。こういうことを僕らは普通にやっていたのだ。もちろん、当初のCOVID-19は、実際の性質も心理的なプレッシャーも、今のソレとは全く違うのだけれども。
他にも、n数や有病率が違うので一律には扱えないのだけど、慶應義塾大学病院の術前患者やがん研有明病院の報告でも同じような示唆だった。PMID: 33172767・PMC7833718
米国放射線学会は2020年3月、CTをCOVID-19のスクリーニングや第一選択の診断に使うべきではないと提言(ACR)。翌4月のフライシュナー協会の声明も、無症状者や重症化リスクのない軽症者に画像検査は不要とし、中等症以上や呼吸状態の悪化時に画像を勧めている(Rubin, Chest 2020)。日本医学放射線学会などの合同指針も、原則としてスクリーニングCTは推奨できず、肺炎を疑うならまず胸部X線で評価するとした。被ばくと、CT室そのものが感染の場になるリスクもあるからだ(胸部CT検査の指針 Ver.1.0)。
そんなことはお構いなしの、裏腹。発熱患者のCTは標準化し、中堅以上の医師も僕を含めて、CT依存症に陥り、自分が依存症だと認知できるはずもない「CT依存ネイティブ」も毎年、医者の数だけ生まれた。
ただ、公平のためというか、言い訳として書いておくと流行初期は、病気の自然経過がわからず、PCRの検査枠も限られ、結果が出るまでの時間も長かった。院内クラスターへの恐怖は本物だったし、その時点の情報と制約のもとでCTに頼った判断を、そこにいた身としては責められない。
この問題の最もおそろしい後遺症は「知識も検査体制も変わったあとまで、同じ運用が続いた」こと。
僕はその後遺症に悩まされているし、前述の通り、嫌っている。今回調べて、残念ながらそういう人がたくさんいるのは、気のせいじゃないみたいである。
(スイスの大学病院のER。胸部CTの件数がパンデミック中に対照期間の約2.2倍、収束後も約1.7倍のまま高止まりBMC Medical Imaging 2024。)
日本のERでも、発熱なら胸部CT、どうせとるなら入院前は体幹CT。コロナ前にはなかった「念のため」が、いつのまにか標準の顔をしていないだろうか。もはやこんな話でさえも今の研修医には昔話に聞こえるんだろうな。
CTは何を減らし、何を増やすのか
CTが減らすのは「見逃し」。これは疑いようがない。大動脈解離も、腸管穿孔も、硬膜外血腫も、多少考えなしのCTに救われたことはある。前述の通り、この記事はCT批判じゃない。
逆にCTが増やすものは目に見えにくい。ここが厄介だと思うのである。4つほどあると思う。
1. 被ばく。 あたりまえである。
2025年、JAMA Internal Medicineに載った研究。米国で2023年に行われた約9300万件のCTから、将来約10万3000件のがんが生じると推計した。年間のがん診断の約5%に相当する(Smith-Bindman, JAMA Intern Med 2025)。
ただしこれは低線量でもリスクが直線的に続くと仮定したモデルの推計で、実際に観察された数ではないし、過大評価だという批判もある。しかしながら、集団では無視できない数になる。ま、長生きすれば、2人に1人は一生のうちにがんと診断される時代なのだけど。
2. 偶発所見。 救急外来のCTを扱った69研究のメタ解析では、偶発所見があったのは3割。しかも退院後にきちんとフォローされたのは半分以下(Evans, Ann Emerg Med 2022)。これはちゃんと見つけたならfollowしようよというという意味合いが強い論文であるが、CTは偶発所見が増える。
3. 検査。 偶発所見は良くも悪くも次の検査を呼ぶ。追加の造影、MRI、外来予約。その先にあるのは、多くの場合「経過観察」ではある。それも大事なことではあるが、無駄が増えているのは事実、必要悪である。
4. 偽の安心。 これが依存の原因。むしろ、とらなければ怖いとさえ思うようになってしまった。
「CTで何もなかったので帰宅」・・・発症早期の脳梗塞、腸間膜虚血。急性冠症候群、精巣捻転。
単純CTが正常でも否定できない病気はいくらでもあるし、CTの「異常なし」は、撮った問いに対する答えでしかないのになんだか安心してしまう。問いを立てずに撮ったCTの「異常なし」は、ほとんど何も否定していないのに。
なぜ僕らは撮りたくなるのか
ではなぜ撮りたい衝動に駆られるのか?
「訴訟が怖いから撮る」よく聞く説明だけど、撮るか撮らないかは「怖がりかどうか」だけでは決まらない。僕らの判断そのものに認知のバイアスがあるからである。
- 作為バイアス:何もしないより、何かしたほうが正しい気がする。救急の文化というか、多少のオーバートリアージは許容という建付けがこれを許容し、強く後押ししている。
- 後悔というか敗者バイアス:撮らずに見逃した後悔は一生残る。撮って所見が何もなかった後悔は、寝たら忘れる。被ばくの害は数十年後に、誰の顔も浮かばない形でしか現れないのだから、今の僕らが負っている責任の様には見えないのだから撮ろうぜと心がささやく。
- 利用可能性バイアス:去年、同僚が見逃した解離の1例が鮮烈で、今夜の100の判断を引っ張る、あるある。
- 早期閉鎖:CTで何か見つかった瞬間に思考が止まる。「異常なし」でも止まる。問いがないとこれが起きやすい。
CTは思考を確かめる道具のはずが、いつのまにか思考の外注先になっている。
「CTを撮る」という行為が、「自分で考えて決める」という作業の代わりになってしまう。
もちろん、逆に「僕は画像に頼らず診断できる」という自信や、CTを撮らないことへのこだわりも、判断を歪める偏りでもあるから難しい。
また、経過観察の入院ベッドがない。再診の導線がない。深夜で上級医、専門医を呼べない。そういったセーフティーネットシステムの制約の中では、CTが一番安全で早い選択肢になることもある。これも撮りたくなる理由である。
「誰かが撮ってくれている」という安心
ここからは自戒を込めて書く。
救急外来には、コンサルトする側とされる側がいる。僕は毎日、両方の立場を経験する。
そして正直に告白すると、コンサルトを受ける側に回ったとき、CTがすでに撮られていると、ほっとする。
なぜか。
そのCTは、もしかしたら不要だったかもしれない。でも、撮ったのは自分ではない。僕は「このCTを撮るべきか」という課題に向き合わないまま、その情報だけをゲットできる。被ばくの責任も、不要な検査だったという評価も、オーダーした人のもの。僕の手元に残るのは、画像という情報のみ。
これはかなり居心地のいいポジション。そして、居心地がいいからこそ、無意識に相手に求めてしまう。「CTは撮ってあるの?」と。
言われる側はどうなるか。研修医はすぐに学習する。こういう主訴はCTを撮るものだ。CTなしでコンサルトすると、上級医の一拍の沈黙が来る。だから次からは先に撮っておこう。冒頭の「とりあえずCTは撮ってからホールディングで結果待ち」は、この学習の結果であり、さらにその研修医が上級医になると修正不可能なDNAレベルの問題へと発展する(笑)。
なんだったら、撮っていれば「これは要らなかったね」と言われ、撮っていなければ「CTは?」と聞かれるような、この二重拘束が続けば、相談する側は医学的な適応に加えて、相手の期待まで先回りして撮ったり撮らなかったりするようになる。画像が、診療のツールであると同時に、相談を受けてもらうためのチケットになってしまう構造がそこにある。
こうして、奇妙なCTが爆誕。救急医は「相手が求めるから」撮る。コンサルタントは「すでにあったから」見る。どちらも、そのCTが必要だと自分で判断していない。誰も必要だと決めていないのに、確実に撮られるCT。僕はこれが「とりあえずCT」の正体なのではと思っている。
ただ、コンサルタントを悪者にするのはフェアではないとも思う。深夜に呼ばれる側は、病院に来るべきかを電話一本で決めなければならないし、問診や身体所見は、電話越しでは伝わりにくく、信頼もしにくい。CTは、その信頼の不足を埋める「共通言語」として機能していることがある。コンサルタントは専門科が多いわけだが、治療を完遂するという責任からその疾患の情報を多く得てトラブルに対応できるようにしたいという側面もある。また相談する側にも、振り返る余地はままある。臨床的な問いを整理しないまま、画像だけを揃えていないか。「CTまで撮りました」が、「何を疑い、何を相談したいのか」の代わりになっていないか。立場による偏りは、どちらの側にも起こるのである。
このCT依存の病態生理を言語化してみたは良いのだけど、何かよりより良く診療していくための考え方はないものか?問いを持って撮るとはどういうことか。
後編では、頭部・頸部外傷、胸部、腹部の部位ごとに『撮る・撮らない・造影する』を決める考え方をまとめた。
- OECD. Health at a Glance: Asia/Pacific 2024, Medical technologies
- 日本医学放射線学会ほか. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する胸部CT検査の指針 Ver.1.0(2020年4月23日)
- Inui S, et al. Chest CT Findings in Cases from the Cruise Ship “Diamond Princess”(Erratum). Radiol Cardiothorac Imaging 2020
- Clinical significance of chest CT for the exclusion of COVID-19 in pre-admission screening. Respir Investig 2022
- Uchida S, et al. CT screening for COVID-19 in asymptomatic patients before hospital admission. J Infect Chemother 2021
- Pre-admission CT screening for COVID-19 in surgical patients with cancer, Tokyo(PMC7833718)
- ACR. Recommendations for Chest Radiography and CT for Suspected COVID-19 Infection(2020)
- Rubin GD, et al. The Role of Chest Imaging in Patient Management during the COVID-19 Pandemic: Fleischner Society. Chest 2020
- Trends in CT examination utilization in the emergency department during and after the COVID-19 pandemic. BMC Med Imaging 2024
- Smith-Bindman R, et al. Projected Lifetime Cancer Risks From Current CT Imaging. JAMA Intern Med 2025(UCSFの解説)
- Evans CS, et al. Incidental radiology findings on CT in ED patients: systematic review and meta-analysis. Ann Emerg Med 2022(解説記事)

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