2026年ESC心不全ガイドラインをER診療にインストールする。

Evidence Update

夜中の3時、ERに息切れの高齢女性が運ばれてくる。心不全のようだ。

研修医が僕に聞く。「先生、この人EFいくつですかね?」。

……その質問、実はこの5分では要らない。

2026年8月、ESC(欧州心臓病学会)の心不全ガイドラインが8年ぶりに全面改訂。
「HFmrEFが廃止された」という見出しがSNSで先に流れてきたとき、僕も最初は「またEFの線引きが変わっただけでしょ」くらいに思っていた。読んでみたら、ちと違った。

「ERで最初の数分、何を見て、何を測るか」という思考の順番に調整がいりそう。
僕なりに救急外来(ER)初療での急性期心不全管理にどう落とし込んだらいいものか?と考えてみた。
そこだけを、前編としてまとめます。

「デコってますね。」ってDecompensated Heart Failureのことやったんや!「AHF」から「DHF」へ

研修医の時から入院レベルの心不全のことを「凸っている」なんて言っていたわけであるが、言葉が先行しており、Decompensated Heart Failure(DHF、非代償性心不全)を指していたと知ったのはおそらく、4年目の冬の事・・・。

2026年版は「Acute Heart Failure(急性心不全)」という呼び方をやめ、「Decompensated Heart Failure(DHF、非代償性心不全)」に統一した。

「急性(acute)」はスピード感を連想させるが実際の心不全増悪の多くは、数分で来るというより、数日〜数週間かけてじわじわ進行し、外来での治療強化でなんとかなっているケースも山ほどある。急に来る人も、じわじわ来る人も、「今、治療変更が必要な状態≒非代償」という一点では同じ。だから2026年版は、スピード(acute)ではなく病態(decompensated)を軸に呼び方を統一。
別にAHFが死語になったわけではない。

ERで最初に問うべきは、EFじゃない

DHFの治療章を読み込むと、酸素投与も、NIVも、利尿薬も、血管拡張薬も、強心薬も・・・推奨文のどこにもEFによる場合分けが出てこない。

その代わりに登場するのが、4つの臨床像。

  • 非代償性左心不全:うっ血が主体。緩徐に進行する。
  • 非代償性右心不全:体うっ血+ゆくゆく低灌流。肺塞栓・右室梗塞は必ず除外。
  • 急性肺水腫(APO):短時間で進行する呼吸不全。実は総体液量は過剰でないことも多い。
  • 心原性ショック(CS):末梢低灌流が主座。血圧のカットオフは決めず、ショックかが重要。

「それ、クリニカルシナリオ(CS1-5)でいいじゃん」と思った人もいるでしょう。
シナリオが複合していることは考えないといけないが、正直、僕もCS分類は血圧を見れば治療まで治療が想起できる(高血圧後負荷→血管拡張、正常低め→水溜まっているから利尿、心原性<100mmHg➡強心薬/±利尿、ACS合併、右心不全は個別対応)、分かりやすい仕組みだったと思う。

でも血圧は、低灌流の”遅れてくる”指標である。CS3(ショック)を血圧の数字で線引きすると、血圧は保たれているのに末梢は冷たく、乳酸だけ上がっている患者—normotensive shock—を取りこぼしてしまう。CS4に関しては治療はまずは冠動脈の治療を検討するわけですが、これだけ血行動態ベースの判断ではなく病因ベースであり、ACS患者はCS1にもCS2にもCS3にも該当しうるわけで、分類の軸が途中で入れ替わっている。で、さらにCS5(右心不全)は5兄弟の中でいつも影が薄いのでよくわからんって感じやからって言われると、まあ新しい4分類の整理も合点がいくって感じ。
「血圧という一つの数字」から「うっ血か、低灌流か」という病態そのものに軸を移して、右心不全を晴れて同格に昇格させたのが今回。クリニカルシナリオの後継というより、取りこぼしていた患者を拾うための枠組みというイメージである。
CS3で血圧保たれていてもやはりそういう人はEF30%程度で利尿かけるにしてもDOB3γ併用してとかやっているので別にCS3を血圧のみで判断したり、EFは急性期治療に勘案しないってのは実際、ないわけで、ここはちゃんと「理解して血行動態と原因を別レイヤーで考えて治療しようぜ、今回の新しく4つの臨床像に整理してみたぞ。」くらいで良いと個人的には感じた。
むしろ、古典的なwet/dry-warm/cold(Forrester/Stevenson)の発想に近い軸のような感じかなと思う。

ERでの初動で、EFを気にしなくていいとまでは言わない、なぜなら、その血行動態を作り出している役者の一人がEFに表現される心収縮ですもの。しかしながら、ガイドラインは「EFがどうであれ治療に関わるのはその結果の血行動態だからそれを観ろ!」と仰せの様である。
EFが利いてくるのは、患者が安定してから先、亜急性期~慢性期の薬を組み立てる段階の話になる(このあたりは後編で詳しく扱う)。

【ステージA〜Dの導入】
もともと欧州はNYHA機能分類を軸に話すことが多かったがAHA/ACC/HFSA(米国)ガイドラインのステージA〜D:危険因子(A)→無症候性障害(B)→症候性(C)→advanced(D)という進行段階を全体の骨格に採用。
NYHA分類は「今日の調子どう?」を反映する可逆的な指標で、利尿薬が効けばNYHA IVからIIに戻ることもあるけど、ステージは不可逆・一方通行という建付け。つまり、Stage Cの患者がFMTでNYHA IまでQOLが改善しても、「Stage CからStage Bに戻る」ことは基本的にない。「良くなった」と「リスクがなくなった」は別物です、という考え方をステージという言葉が表現しているんだな、と理解すると腑に落ちました。

ERでの初療も「今どのステージの患者か」を意識するようにと。

ナトリウム利尿ペプチドは「年齢」に合わせて。

DHFを疑ったら、血圧・呼吸数・SpO₂・体温・心電図をまずチェック。血行動態が不安定で低灌流を疑うなら、乳酸値も忘れずにではある。ま、僕はこのガイドライン読んでもEFは気になるし、ASや明らかな形態異常、IVC、肺エコーもするので同じレベルでエコーや胸部レントゲンはしましょうと。

次にナトリウム利尿ペプチド。
除外(rule-out):NT-proBNP<300pg/ml、BNP<100ng/ml、MR-proANP<120pg/ml
年齢別の「ほぼrule-in」(NT-proBNP):50歳未満>450、50〜74歳>900、75歳以上>1800
超高リスク:NT-proBNP>5000は入院が原則

*外来診療において心不全(HF)が「可能性が高い」とされる年齢調整済みNT-proBNP値の推奨閾値は、50歳未満では≥125 pg/mL、50歳から75歳では≥250 pg/mL、75歳以上では≥500 pg/mL。現在、年齢別のBNP閾値を決定するためのデータは不十分。
腎機能障害➡NT-proBNP値上昇(しかし無視はできない)

高齢者ほどNT-proBNPは生理的に上がるので、若年者と同じ基準で「陽性!」と判断すると空振りが増える。ここはなんか ‟D-ダイマーの如し” であるが実務的に使えるのが、NT-proBNPの年齢別カットオフ。自施設はBNP使っている僕としては・・・ガクックシ。

酸素・NIV・利尿薬「反射的な三羽烏よ、バイバイ。✋」

ここがおそらく、今回の改訂で一番臨床行動が変わりそう。

酸素は、SpO₂<90%またはPaO₂<60mmHgの低酸素血症にのみ投与する。正常酸素飽和度の患者への漫然投与はむしろ有害、というRCTの知見がある。「心不全っぽいから酸素」は、もう卒業じゃい。

NIVは、呼吸数>25/分かつSpO₂<90%の呼吸性苦痛があれば、できるだけ早期に開始。挿管のリスクを下げるというデータがある。ただし右心不全優位の患者では、胸腔内圧上昇が前負荷を減らして血圧を下げうるので要注意。

利尿薬は、うっ血のあるDHF全例に静注ループ利尿薬。内服歴なし患者ならフロセミド40mg iv相当、慢性内服者なら内服量の2倍量を静注で開始する。
この40mgって量の根拠見つからなかったですが、フロセミドはシグモイド関数型の用量反応曲線を持つ薬ですから腎機能がある程度保たれた患者では、尿細管腔内でNa利尿を起こすのに必要な最低濃度を超えるおおよその静注量があって、それが経験的に40mg前後とされてきたというのが出所でしょう(Brater DCらの古典的な利尿薬薬理レビューなど)。この数字自体は2026年版で新しく検証されたわけではないし、実際小柄な方もいるのでとりあえず20mgでいいのかなと思ってみたりします。体格次第で40mg、腎機能次第では60mgなんてのも「1-2時間の反応を診ましょう。」で良いかなと。

以前は観察研究で「オピオイドのルーチン投与」微妙だよねって空気でしたが、今回はRCTで明確に非推奨(Class III)になった。呼吸抑制のリスクがある割に、益がはっきりしない。「心不全にはモルヒネ」というアクションあまり見ないのだが、現段階では忘れてもよさそうである。

血圧が保たれているAPO(収縮期血圧>110mmHg)なら、血管拡張薬(硝酸薬)を初期治療として考慮してもいい。ハードエンドポイントの改善は証明されていないが、挿管リスクを下げるというメタ解析がある。

「まず利尿薬、内服薬は落ち着いてから」は、やめよう

最後に、思想レベルの転換をひとつ。

これまでどこか、「まず利尿薬でうっ血を取って、いつも飲んでいる薬は落ち着いてから再開しよう」という順番で考えがちだった。2026年版はこれをはっきり否定。

明らかな低灌流所見がない限り、患者がすでに内服しているFMT(SGLT2阻害薬・MRA・ACE阻害薬/ARNI・β遮断薬)は、ERの時点で中止せず継続、あるいは速やかに再開する・・・これがガイドラインの立場。

「心不全の薬は、まず全部止めて、落ち着いてから考えよう」というのは古くなった。

従来ひとくくりだった「GDMT」を、エビデンスの強さと役割で3層に再編。薬物治療だけでなく、介入治療(デバイス、カテーテル、外科)においても再編成されている点が初療での導入基準になります。

FMT(基礎的薬物治療):基盤的薬物療法。死亡・入院を減らすClass I エビデンスを持つ薬剤。
全EF共通(SGLT2阻害薬・MRA) + HFrEF追加(ACEI/ARNI/ARB・β遮断薬)。

AMT(追加的薬物治療):特定の病態・症状に応じた上乗せ治療(Class IIa/IIb中心)。
ループ利尿薬, イバブラジン, ベリシグアト, ジゴキシン, GLP-1RA

GDIT(ガイドライン主導のインターベンション治療):植込みデバイス・カテーテル治療・外科的治療。ICD, CRT, TEER, MCS, 心移植

DHFで入院した患者は原則FMTを中断しない(明らかな低灌流所見がない限り継続/早期再開が推奨 Class I)。「まずは利尿薬だけ」ではなく、安定化後は速やかにFMT導入・増量へ進める設計になっている点が2021年版との実務的差分です。

おわりに:ERでの5分は、「うっ血と灌流評価」と最初のアクション確認

今夜ERに来る息切れの患者に対して、僕らが代償できていない心不全と評価した時、最初に問うべきはうっ血と灌流。基本、表現や着目は新旧行ったり来たりはあるが根っこはやはり同じの印象。

「この人は今、うっ血?ドライ?LOS?」

この3つを意識しつつ、酸素・NIV・利尿薬・血管拡張薬という手札を選ぶ。もちろん、現在のEFは気になるし暗黙に念頭に入れて治療は開始するがそこにfocusする必要はなく、血行動態で切っていくっというのが、これが2026年版をERに落としたときの一番実用的プランだと思う。


参考:Køber L, Adamo M, Ruwald AC, et al. 2026 ESC Guidelines for the management of heart failure. Eur Heart J. 2026;00:1–112. doi:10.1093/eurheartj/ehag100

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